まず治療できる病態を探す/呼吸困難/消化管閉塞/せん妄と不眠/食欲不振と悪液質。
訴えの名前だけで薬を決めると、外します。呼吸困難だからモルヒネ、せん妄だから抗精神病薬、では届きません。
第1章 §3 で置いた原則が、この章では毎回登場します。症状を薬で抑えにかかる前に、原因の側に手が届かないかを確かめます。届くなら、そちらが本命です。
| 症状 | 先に探す、治療できる原因 |
|---|---|
| 呼吸困難 | 胸水、心嚢液、肺炎、貧血、肺塞栓、気道閉塞、心不全、慢性呼吸器疾患の増悪、薬剤性肺障害 |
| 嘔気・嘔吐 | 便秘、消化管閉塞、高カルシウム血症、脳転移、薬剤 |
| せん妄 | 薬剤、脱水、尿閉、便秘、痛み、感染、高カルシウム血症、低ナトリウム血症、低血糖、低酸素、肝性脳症、脳転移、癌性髄膜炎 |
| 食欲不振 | 口腔カンジダ、義歯不適合、便秘、嘔気、うつ、味覚障害、薬剤 |
呼吸困難は本人の感じ方です。酸素飽和度が保たれていても苦しいことがあり、逆に低くても本人は平気なことがあります。数字で否定しないこと。
| 手 | 使いどころ | 注意 |
|---|---|---|
| 原因への治療 | 上記が見つかったとき | いちばん効く。効くまでの時間を薬で埋める |
| 酸素 | 低酸素血症があるとき | 低酸素でない呼吸困難に、酸素が効くとは限らない |
| 送風 | すべての患者に試してよい | 顔に風を当てる。扇風機や窓。薬より先に試せる |
| モルヒネ | 原因治療で取りきれない呼吸困難 | 少量から。鎮痛のときより少ない量で効く。増やし続けても呼吸困難の改善は頭打ちになる |
| ベンゾジアゼピン | 不安が強く絡んでいるとき | 単独ではなく、オピオイドに足す形で |
| ステロイド | 癌性リンパ管症、上大静脈症候群、気道の狭窄 | 効く相手が決まっている。漫然と続けない |
出典:日本緩和医療学会『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン 2023年版』
家族への説明も、この症状では治療の一部です。苦しそうに見える呼吸が、本人はつらくないこともあります。逆に、本人がつらいと言っているのに数字が正常だからと流されると、信頼が失われます。見えているものと本人の訴えを、両方言葉にして共有します。
オピオイドによる嘔気は第6章で扱いました。ここでは消化管閉塞を見ます。腹膜播種のある患者では珍しくなく、対応が根本的に違います。
| 疑う所見 | やること |
|---|---|
| 嘔吐、腹部膨満、排ガス停止、金属音、疝痛 | 画像で確かめる。手術やステントの適応があるかを外科と検討する |
| 閉塞が確からしい | 刺激性下剤とナルデメジンを使わない(第6章 §1)。腸管を動かすと痛みが増し、穿孔のおそれもある |
| 症状を抑える | 分泌を減らす薬、ステロイド、鎮痙薬、制吐薬。経鼻胃管や胃瘻による減圧も選択肢 |
| 痛みは続く | オピオイドは続ける。飲めないので経路を変える(第8章) |
完全閉塞でなければ、食べられる範囲で食べてよいという判断もあります。何をどこまで許すかは外科と相談し、本人と家族に同じ説明が届くようにします。食べられないことは、本人より家族がつらいことがあります。
せん妄は、家族がいちばん動揺する症状です。意思疎通ができていた人が、急にできなくなるためです。まずやるのは原因探しで、薬はそのあとです。
| 段階 | やること |
|---|---|
| 1 | 原因を探す。薬剤・脱水・尿閉・便秘・痛み・感染・高カルシウム血症・低ナトリウム血症・低血糖・低酸素・肝性脳症・脳転移・癌性髄膜炎 |
| 2 | 環境を整える。昼夜のめりはり、時計とカレンダー、眼鏡と補聴器、家族がそばにいること、不要なルートを抜く |
| 3 | それでも本人が苦しい、危険が伴うときに薬を使う |
薬はハロペリドール、クエチアピン、リスペリドン、オランザピンなどが使われます。糖尿病では使えない薬があります。不眠に対してはラメルテオン、スボレキサント、レンボレキサントが選ばれることが多く、ベンゾジアゼピン系はせん妄を悪化させることがあるため慎重に扱います。用量は薬から引くリファレンスにまとめてあります。
がんの進行に伴う体重減少と食欲不振は、食べられないから痩せるのとは違います。炎症を背景に筋肉が落ちていく状態で、栄養を入れれば元に戻る飢餓とは区別されます。これを悪液質と呼びます。
まず、治療できる食欲不振を外します。口腔カンジダ、義歯が合わない、便秘、嘔気、うつ、味覚障害、薬剤。口の中を見るだけで見つかるものがあります。
薬としてはアナモレリンがあります。がん悪液質に対する内服薬ですが、使える相手が細かく決まっています。
| アナモレリンで押さえること | |
|---|---|
| 適応 | 非小細胞肺癌・胃癌・膵癌・大腸癌のがん悪液質に限られる |
| 対象 | 体重減少と食欲不振があり、定められた基準を満たす患者。栄養療法・運動療法と併せて行う |
| 飲み方 | 空腹時に1日1回。服用後しばらく食事をしない |
| 効果判定 | 投与開始3週後を目途に判定し、体重増加も食欲改善もなければ原則中止 |
| 禁忌 | うっ血性心不全、心筋梗塞・狭心症、高度の刺激伝導系障害、特定の薬剤との併用、中等度以上の肝機能障害、消化管閉塞などによる経口摂取困難 |
| 監視 | 心電図と血糖を定期的に測る |
ステロイドで一時的に食欲が出ることがありますが、効果は長続きせず、高血糖・不眠・せん妄・易感染が積み上がります。いつまで使うかを決めてから始めます。終末期の輸液をどうするかは第10章で扱います。
今日何をするかを考えてください。