最期の数日は、やることが増える時期ではなく、減らす時期です。何を続けて何をやめるかを決め、起こることを家族に先に伝えておく。当直で呼ばれたときに慌てないための準備を、この章で組みます。
§ 1
予後を見立てる
残された時間が月単位か、週単位か、日単位か。これが決まると、同じ症状への答えが変わります。厳密に当てる必要はなく、桁が合っていれば方針は立ちます。
| 見立て | 手がかり | 方針が変わるところ |
| 月単位 | 身の回りのことはできる。食事量は落ちてきた | 副作用を抑えて長く使える形を選ぶ。抗がん治療の継続も議論の対象 |
| 週単位 | 日中の半分以上を臥床。食事量が大きく落ちる。飲めない日が出る | 飲めなくなったときの経路を先に決める(第8章 §4)。療養場所を決める |
| 日単位 | 意識レベルの低下、嚥下できない、尿量減少、四肢末梢の冷感とまだら模様 | 薬を整理する。検査を減らす。家族に伝える |
週単位に入った時点で、飲めなくなったときの準備を始めます。在宅なら、持続皮下注の機器、麻薬を扱える薬局、訪問看護の体制。飲めなくなってから探すと間に合いません(第8章 §4)。
見立ては家族にも伝えます。「あと何日」と言い切る必要はありませんが、桁は共有します。月単位と週単位では、家族が段取りできることが違います。遠方の家族を呼ぶかどうかも、ここで決まります。
§ 2
数日から数時間で起きること
最期の数日に起こることは、だいたい決まっています。決まっているなら、起きる前に説明できます。
| 起きること | 意味 | やること |
| 眠っている時間が増える | 自然な経過 | 起こさない。無理に食べさせない |
| 食べない、飲まない | 飲まないから弱るのではなく、弱ったから飲まない | 口腔ケア。氷片や口を湿らせることで渇きは和らぐ |
| 死前喘鳴 | 咽頭にたまった分泌物の音。本人が苦しんでいるとは限らない | 体位を変える。吸引を繰り返さない。家族への説明が本体 |
| 手足が冷たく、まだらになる | 循環が末梢から落ちている | 温める。処置は増やさない |
| 呼吸のリズムが不規則になる | 下顎呼吸を含め、自然な経過 | 本人の苦痛の有無で判断する |
死前喘鳴で吸引を繰り返すのは、たいてい本人のためになりません。音は取りきれず、粘膜を傷つけ、そのたびに本人を刺激します。音がつらいのは家族です。何が起きているのかを説明し、体位を整え、必要なら分泌を減らす薬を検討します。説明が最大の対応になる場面です。
輸液も、この時期には減らすことを考えます。入れた水分が血管内にとどまらず、浮腫、胸水、腹水、そして気道分泌を増やして、かえって苦しくすることがあるためです。
出典:日本緩和医療学会『終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン 2013年版』
輸液を減らすことは、見捨てることではありません。ここは家族に必ず説明が要ります。「点滴をやめたら餓死させることになるのでは」という受け取りは自然なもので、否定するのではなく、この時期の体では入れた水分が苦痛の側に働くことを伝えます。減らすか続けるかは、家族の価値観も含めて一緒に決めます。
§ 3
苦痛緩和のための鎮静
あらゆる手を尽くしても苦痛が取れないとき、鎮静薬で意識を落として苦痛を感じないようにするという選択肢があります。これを苦痛緩和のための鎮静と呼びます。
鎮静は、症状が取れないときの最後の手段であって、眠らせて楽にする手段ではない
眠気は副作用であって、鎮痛の目的ではありません(第5章 §4)。症状が取れているのにオピオイドを増やして傾眠を作ることと、治療抵抗性の苦痛に対して手順を踏んで鎮静を行うことは、まったく別のことです。前者は避けるべき失敗で、後者は正当な医療行為です。
行う前に確かめることが決まっています。主治医ひとりで決めるものではありません。
| 確かめること | 中身 |
| 治療抵抗性か | 他の方法をすべて試したか、あるいは間に合わない・害が大きすぎて試せないか。第7章と第9章の手札を使い切ったか |
| 相応性 | 苦痛の強さ、予測される予後、他に方法がないことに照らして、その鎮静が釣り合っているか |
| 意図 | 苦痛を和らげることが目的であること |
| 患者と家族の意思 | 本人の意思を確認する。確認できないときは、これまでの言動から推定する過程を残す |
| チームの合意 | 医師・看護師・薬剤師など多職種で検討する。緩和ケアチームがあれば必ず入れる |
| 記録 | 上のすべてを診療録に残す |
出典:日本緩和医療学会『がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版』
生命予後への影響について。適切に行われた鎮静で生存期間が短くなるという明確な証拠は無い、というのが現在の一般的な見方です。鎮静を受けた群と受けなかった群で生存期間に差を認めなかった観察研究があります。ただし、個々の患者で影響が無いと言い切れるものではありません。そして、残された時間を意識のないまま過ごすという意味は、証拠の有無にかかわらず重い。だからこそ院内の手順に沿って慎重に検討します。
鎮静には、苦痛に応じて薬の量を調節する形と、深く持続させる形があります。いきなり深い鎮静から入るものではありません。調節できる範囲で始め、それで足りないときに次を検討する、という順番です。実施は指導医と緩和ケアチームのもとで行います。
研修医がここで担う役割は、判断そのものではありません。苦痛が取れていないことを正確に記録し、何を試して効かなかったかを残し、指導医とチームに早く上げることです。手詰まりを一人で抱えて増量を繰り返すことが、いちばん避けたい形です(第7章 §4)。
§ 4
当直で呼ばれたとき
看取りが近い患者で夜間に呼ばれたときの動き方を、ひとつの流れにしておきます。
| やること |
| 1 | 患者を診に行く。指示簿より先に本人を見る(第1章 §3) |
| 2 | 本人が苦しんでいるかを見極める。家族がつらいのか、本人がつらいのかを分ける |
| 3 | 治療できる原因を探す。尿閉、便秘、痛み、低血糖、感染(第9章 §1) |
| 4 | 指示簿を確認し、既に出ている頓用で対応できるかを見る |
| 5 | 家族に説明する。いま起きていることと、これから起きること |
| 6 | 方針の変更は主治医と共有する。夜間でも、大きな判断は一人でしない |
「家族がつらいのか、本人がつらいのか」を分けることが、この時間帯でいちばん役に立ちます。死前喘鳴も、不規則な呼吸も、本人は苦しんでいないことがあります。そのときに必要なのは薬の追加ではなく説明です。逆に、本人が苦しんでいるのに数字が正常だからと流すこともしません。
事前に決めてあることも確認します。心肺蘇生を行うかどうか、どこで最期を迎えるか、誰に連絡するか。これらが記録されていれば、夜間に一から相談せずに済みます。決まっていなければ、その事実を主治医に伝えます。
これらは、元気なうちから少しずつ話しておくものです。意識が落ちてから家族に「どうしますか」と聞くのは、家族に決断を背負わせることになります。本人がどう過ごしたいかを、話せる時期に聞いておく。その記録が、最期の数日をいちばん助けます。
そして、亡くなったあとにやることも決まっています。死亡確認、家族への声かけ、残った医療用麻薬の返却(第3章 §4)。麻薬は家族が処分せず、処方元か調剤した薬局に返します。
§ 5
症例で確認
77歳女性。胃癌、腹膜播種。緩和ケア病棟に入院中。予後は日単位と見込まれている。
3日前から傾眠が続き、経口摂取はほぼ不能。ヒドロモルフォンの持続皮下注で痛みは落ち着いている。
点滴は1日1000mLが継続されている。
深夜2時、看護師から連絡。ゴロゴロという喉の音が大きくなった。四肢は冷たく、まだら模様がある。
本人は目を閉じたまま。呼びかけに眉間のしわや体動はなく、表情は穏やか。呼吸数 18/分、不規則。
付き添っている娘が「苦しそうです。吸引してあげてください」と強く希望している。
この場面でどう動くかを考えてください。
1本人は苦しんでいるか
まず本人を診ます。眉間のしわがなく、体動もなく、表情は穏やか。苦痛の徴候は出ていません。
音は、咽頭にたまった分泌物が呼吸で揺れて鳴っているものです。意識が落ちている本人が、この音でつらい思いをしているとは限りません(§2)。
つまりこの場面でつらいのは、娘さんのほうです。ここを分けられるかどうかで、次の一手が変わります。苦しんでいるのは誰かを先に決めます。
2吸引するか
求められたからといって、すぐに吸引器を持ってくる場面ではありません。咽頭より奥の分泌物は取りきれず、粘膜を傷つけ、そのたびに本人を刺激します。音はすぐ戻ります。
やることは順に、体位を変えること、口腔内に見えている分泌物を優しく拭うこと、点滴量を見直すこと、必要なら分泌を減らす薬を検討することです。
そして点滴1000mL/日。この時期には、入れた水分が気道分泌を増やして音を強めている可能性があります(§2)。主治医と共有したうえで減量を検討するのが、この夜に効く一手です。
3娘さんに何を伝えるか
「本人は苦しくないので大丈夫です」だけでは届きません。
見えているものを否定せず、意味を説明します。この音は、飲み込む力が弱くなって
唾液や分泌物が喉にたまって鳴っているものです。
お母さんの表情を見ると、苦しそうな様子はありません。
吸引は届く範囲が限られていて、
かえって刺激になってしまうことがあります。
体の向きを変えて、お口の中をきれいにします。
点滴の量も、主治医と相談して調整します。
そのうえで、
これから起きることを先に伝えます。呼吸のリズムが不規則になること、下顎を動かすような呼吸になること、それも自然な経過であること。
先に聞いていれば、起きたときの動揺が小さくなります。そばにいてよいこと、声をかけてよいこと、手を握ってよいことも伝えます。
家族が何かできると感じられることが、この時間には効きます。
✅ 本人に苦痛の徴候がないことを確かめ、吸引を繰り返さない。体位変換と口腔ケアを行い、輸液量の見直しを主治医と共有する。娘さんには音の意味とこれから起きることを説明する。
この章の持ち帰りは、本人がつらいのか家族がつらいのかを分けることと、この時期に効く一手は説明であることが多いということです。
この章の要点
- 予後は月単位・週単位・日単位の桁が合えば方針は立つ。週単位に入ったら、飲めなくなったときの経路と療養場所を先に決める。
- 最期の数日に起きることは決まっている。飲まないから弱るのではなく、弱ったから飲まない。無理に食べさせず、口腔ケアで渇きを和らげる。
- 死前喘鳴で吸引を繰り返さない。取りきれず、粘膜を傷つけ、本人を刺激する。つらいのは家族のことが多く、説明が最大の対応になる。
- この時期の輸液は減らすことを考える。浮腫・胸水・気道分泌を増やして苦痛の側に働くことがある。見捨てることではないと家族に説明する。
- 鎮静は治療抵抗性の苦痛に対する最後の手段。治療抵抗性か・相応性・意図・患者と家族の意思・チームの合意・記録を確かめ、主治医ひとりで決めない。いきなり深い鎮静から入らない。
- 適切に行われた鎮静で生存期間が短くなるという明確な証拠は無いというのが現在の見方だが、個々の患者で影響が無いとは言い切れない。意識のないまま最期を過ごす選択の重さは変わらないので、院内の手順に沿って慎重に検討する。
- 当直では患者を診る → 本人が苦しんでいるかを見極める → 治療できる原因を探す → 指示簿 → 家族に説明 → 主治医と共有。亡くなったあと、残った医療用麻薬は家族が処分せず返却する。
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