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第 3 章 ・ 開始

鎮痛薬を始める

アセトアミノフェンとNSAIDsの使いどころ/三段階ラダーは階段ではない/強オピオイドの開始量/麻薬処方の実務。

強い痛みの患者に弱い薬から順に試していくと、効かない薬を試している数日のあいだ患者は痛いままです。かといって非オピオイドを飛ばすと、オピオイドの量だけが増えます。この章では、どこから始めてどこで切り替えるかを決めます。
§ 1

非オピオイドには天井がある

アセトアミノフェンとNSAIDsは、ある量を超えると増やしても効果が伸びません。副作用だけが増えます。これを天井効果と呼びます。オピオイドにはこの天井がなく、必要なだけ増やせます。この違いが、切り替えの判断そのものです。
ただし天井が無いのは鎮痛の話です。呼吸困難に対するオピオイドには頭打ちがあり、やみくもに増やしません(第9章 §2)。

アセトアミノフェンNSAIDs
用量1回300〜1000mg、投与間隔は4〜6時間以上。1日総量4000mgが限度薬剤ごと。上限を超えて増やさない
得意な痛み広く効く。単独では力不足のことが多い炎症を伴う痛み。骨転移痛や腫瘍による炎症に強い
気をつけること肝障害。常用飲酒、低体重、低栄養では減らす。市販の総合感冒薬にも入っており重複しやすい腎障害、消化性潰瘍、心血管イベント、血小板機能。高齢・脱水・腎機能低下では慎重に
骨転移痛にはNSAIDsを一度は試す価値があります。オピオイドだけで追いかけるより、炎症を抑えたほうが体動時痛に届くことがあります。ただし腎機能と消化管を毎回確認し、使うなら胃粘膜保護を同時に考えます。長く使うなら定期的に腎機能を見ます。

オピオイドを始めたあとも、非オピオイドは原則として続けます。効いている土台を外す理由がありません。効いていないと判断したときだけ中止します。

毎食後という指示が、明け方の痛みを作ります。朝8時・昼12時・夕18時と飲むと、夕から翌朝までが14時間空きます。夜中に薬が切れ、明け方に痛みで目が覚めます。
毎食後     8時 → 12時 → 18時 →(14時間の空白)→ 8時 朝・夕・眠前  8時 → 16時 → 22時 →(10時間)→ 8時
眠前を1回入れて間隔をならすだけで、明け方の痛みが消えることがあります。「痛みが取れない」の正体が、薬の力不足ではなく時間の穴だった、という場面は珍しくありません。

アセトアミノフェンの投与間隔は4〜6時間以上、ロキソプロフェンは1日3回。どちらも「食後」と決まっているわけではありません。食事の回数に薬を合わせるのではなく、薬が効いている時間に合わせて時刻を決めます

ただしNSAIDsは空腹時の投与を避けることが望ましいとされています。眠前に回すなら、少し食べてもらうか、胃粘膜保護を併せて考えます。時刻をずらす判断と、胃を守る判断はセットです。

§ 2

三段階ラダーは上る階段ではない

三段階除痛ラダーは、非オピオイド、弱オピオイド、強オピオイドの3段を示した図です。これを必ず順に上る手順だと読むと、強い痛みの患者に弱オピオイドを何日も試すことになります。

世界保健機関の2018年のガイドラインでは、第2段階(弱オピオイド)を必ず経由するという前提が外されました。多くの患者は結局第3段階を必要とし、弱オピオイドを挟むぶんだけ鎮痛が遅れるためです。
出典:World Health Organization. WHO Guidelines for the Pharmacological and Radiotherapeutic Management of Cancer Pain in Adults and Adolescents. 2018.

痛みが強ければ、最初から強オピオイドを使ってよい

いまも残っている原則は、段ではなく使い方のほうです。

原則中身
経口的に飲めるなら内服で。注射や貼付は、飲めないか吸収できないときに選ぶ(第8章)
時刻を決めて定時薬は痛くなくても決まった時刻に飲む。痛くなってから飲む形にしない。間隔が均等になる時刻にする(§1)
患者ごとに正しい量は、その患者で効いて副作用が許容できる量。決まった数字はない
細かい配慮をレスキュー、下剤、嘔気時の指示、飲み方の説明までを一組で出す
弱オピオイドが役に立つ場面はあります。痛みが中等度で、患者や家族が医療用麻薬という言葉に強い抵抗を示すとき、トラマドールから入って信頼を作ることがあります。ただし強い痛みを弱オピオイドで粘らない。目安を決めておき、数日で届かなければ切り替えます。
§ 3

強オピオイドの始め方

オピオイドを使っていない患者に始めるときの、添付文書上の開始量です。ここから始めて、効果と副作用を見ながら調節します。調節の仕方は第5章、薬の選び分けは第4章で扱います。

開始量備考
モルヒネ徐放錠1日20mgを2回に分割腎機能低下で代謝物がたまる。呼吸困難にも使える(第9章)
オキシコドン徐放錠1日10mgを2回に分割使いやすく、最初の一手にしやすい
ヒドロモルフォン徐放錠1日4mgを1回1日1回でよい。同じ成分の注射があり経路変更が楽(第8章)
フェンタニル貼付剤
(1日製剤)
0.5mgがん疼痛では未使用の患者にも開始できるが、血中濃度の立ち上がりが遅く至適用量の決定に時間がかかる。痛みが動いている時期の第一選択にはしにくい
トラマドール1日100mgを4回に分割弱オピオイド。上限がある
高齢、るい痩、腎機能低下、呼吸器疾患の患者では、下限からさらに慎重に始めます。開始量は「この量なら安全」という数字ではなく、「ここから調節を始める」という出発点です。翌日に評価する予定を同時に立てておきます。

そして、オピオイドを単独で処方しません。始めるときに同時に出すものが決まっています。

定時薬     持続痛を抑える レスキュー   突出痛に使う。1日量から決まる(第5章) 下剤      便秘は必発。起きてからでは遅い(第6章) 嘔気時の指示  最初の1〜2週に備える(第6章)

この4つが揃っていない処方は、夜間にコールを呼びます。処方の場で飲み方も説明します。徐放錠は噛まずに飲むこと、レスキューはいつ使ってよいか、使ったら記録すること。

§ 4

麻薬処方の実務

医療用麻薬は法律上の扱いが決まっていて、処方箋の書き方から残った薬の返し方まで手順があります。研修医が最初につまずくのはここです。

決まっていること
処方できる人都道府県知事の免許を受けた麻薬施用者だけ。研修医が自分の名前で出せるかは施設の運用による
処方箋の記載通常の記載に加えて患者の住所麻薬施用者免許証の番号が要る。院外処方箋で落とすと薬局から差し戻される
受け取れる薬局麻薬小売業者の免許を持つ薬局に限られる。退院処方や在宅移行では、その薬局が近くにあるかを先に確かめる
保管鍵をかけた堅固な設備に、他の薬と分けて保管する
残った薬患者や家族が捨てない。処方元か調剤した薬局に返す。患者が亡くなったときも同じ

院内処方箋では、患者の住所・処方箋の使用期間・施設の名称と所在地の記載を省略できます。院外に出すときだけ項目が増えると覚えておくと間違えません。
出典:厚生労働省『医療用麻薬適正使用ガイダンス ~がんの痛みの治療における医療用麻薬の使用と管理のガイダンス~』令和6年

患者と家族への説明も、処方の一部です。医療用麻薬という言葉で、病状が末期になったと受け取る人がいます。痛みを取るための薬であること、依存や中毒とは別のものであること、量は痛みに合わせて調節できることを、始める場で一度言葉にしておきます。ここを飛ばすと、処方したのに飲まれていない、という形で表に出ます。

飲まれていないことは、残薬を数えれば分かります。痛みが取れないと言われたときは、まず処方どおり飲めているかを確かめます。効かないのではなく飲んでいない、という場面は珍しくありません。

§ 5

症例で確認

58歳男性。膵癌。外来化学療法中。
心窩部から背部にかけての重い痛みが2週間続いている。安静時のNRS 6、食後に強くなる。夜間に目が覚める。
現在の処方はロキソプロフェン60mg 1日3回アセトアミノフェン500mg 1日3回。どちらも指示どおり内服している。
血液検査では eGFR 68、Hb 11.2、AST/ALT 正常、Cr 0.9。
患者は「麻薬はまだ使いたくない。使い始めたら終わりだと聞いた」と話している。

この患者に何を出すか、何を話すかを考えてください。

1いまの非オピオイドは限界か
アセトアミノフェンは1日1500mgで、上限の4000mgまで余地があります。ここを増やす手はまだ残っています。
ただしこの患者は夜間に目が覚めるNRS 6の持続痛が2週間続いています。第2章の目標段階でいえば第1段階にも届いていません。非オピオイドの増量だけで数日待つ状況ではありません。
痛みの性状も見ます。心窩部から背部への重い痛みで食後に増悪するのは、膵の内臓痛として典型的です。内臓痛はオピオイドがよく効きます(第2章 §3)。
2弱オピオイドを挟むか
三段階ラダーを階段として読むなら、次はトラマドールです。しかし順に上らなければならない決まりはありません(§2)。
この患者で弱オピオイドを選ぶ理由があるとすれば、痛みの強さではなく本人の抵抗感のほうです。「麻薬は使いたくない」と言っている人に、いきなり強オピオイドの説明から入ると、処方しても飲まれません。
どちらを選ぶにせよ、期限を決めます。トラマドールから入るなら数日で評価し、届かなければ切り替える。粘る時間を最初から区切っておきます。
3何をどう説明するか
「使い始めたら終わり」という受け取りに、正面から答えます。痛みを取ることは治療を諦めることではない(第1章 §1)。抗がん治療を続けながら使う薬であること、痛みが軽くなれば量を減らすこともできること、依存や中毒とは別のものであることを伝えます。
そのうえで、出すときは4つ一組です。
定時薬     オキシコドン徐放錠 1日10mg 分2 から レスキュー   速放製剤(1回量は第5章) 下剤      開始と同時に 嘔気時の指示  最初の1〜2週に備えて
アセトアミノフェンとロキソプロフェンは続けます。効いている土台を外す理由がありません。腎機能は eGFR 68 で、ロキソプロフェンを続けるなら定期的に見ます。
非オピオイドを続けたまま強オピオイドを開始する。開始前のNRSを記録し、レスキュー・下剤・嘔気時指示を同時に出す。本人の抵抗感には説明で応じ、弱オピオイドから入るなら期限を切る。
この章の持ち帰りは、段を順に上る義務はないが、非オピオイドは外さないことと、麻薬は説明まで含めて処方だということです。
この章の要点
次のステップ
第4章:オピオイドを選ぶ6成分の使い分け/腎機能と剤形/突出痛専用の製剤 講義一覧に戻る章の一覧
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