緩和ケアを治療の手がなくなってから始めるものだと思っていると、目の前で痛がっている患者に何をしてよいのか分からなくなります。実際には、抗がん治療を続けている患者の痛みを取ることから始まります。オピオイドを出すこと自体は難しくありません。難しいのは、出す前に何を評価するかと、出したあと何を見に行くかです。
§ 1
病気の終わりから始まるのではない
世界保健機関の定義では、緩和ケアは生命を脅かす疾患に直面している患者と家族に対して、苦痛を早期に見つけ、評価し、治療することで生活の質を改善する取り組みです。時期は指定されていません。診断された日から、治療と並行して行えます。
早期から並走させることの効果は、転移のある非小細胞肺癌で検証されています。診断後まもなく緩和ケアを併用した群では、生活の質と抑うつが改善し、終末期の過剰な治療が減り、生存期間も長くなりました(中央値 11.6 か月 対 8.9 か月)。痛みを取ることは、治療を諦めることの代わりではありません。
出典:Temel JS, et al. N Engl J Med. 2010;363(8):733-742.
抗がん治療の中止と同時に緩和ケアを持ち出すと、患者はそれを見捨てられた合図として受け取ります。早い時期から並走していれば、この段差は生まれません。紹介のタイミングそのものが説明の一部になります。
対象はがんに限りません。末期心不全、慢性呼吸器疾患、腎不全、神経難病、認知症でも、痛み・呼吸困難・食べられないことによる苦痛は同じように起こります。国内の診療報酬上の緩和ケア診療加算の対象も、悪性腫瘍・後天性免疫不全症候群に末期心不全が加わっています。
この講義はがんの患者を軸に組み立てますが、非がんで頻度が高い呼吸困難は第9章で扱います。疾患そのものの治療は別のシリーズにあります。心不全の終末期は心不全診療ノート 第8章、酸素の使い方と呼吸困難の評価は酸素療法・人工呼吸器ノートを参照してください。
§ 2
苦痛は身体だけではない
痛みの訴えは、身体の痛みだけでできているとは限りません。全人的苦痛という考え方は、痛みを4つの側面に分けて見ます。
| 側面 | 中身 | 気づく手がかり |
| 身体的 | 痛み、呼吸困難、嘔気、便秘、倦怠感 | 部位と性状が言える。薬に反応する |
| 精神的 | 不安、抑うつ、不眠、怒り | 夜間に強まる。眠れない訴えが先に来る |
| 社会的 | 仕事、経済、家族の負担、役割の喪失 | 退院や費用の話が出たあとに痛みが増す |
| スピリチュアル | 何のために生きているのか、という問い | 「もういい」「早く楽になりたい」という言葉 |
研修医が直接手を出せるのは主に身体的苦痛です。それでよいのですが、増量しても痛みが取れないときは、身体の外に理由があることを思い出してください。
薬に反応しない痛みを見たら、3つに分けて考えます。量が足りないのか、痛みの種類が違うのか(神経障害性の痛みには第7章の鎮痛補助薬が要ります)、痛み以外の苦痛が痛みとして出ているのか。3つ目は、増量では取れません。
夜間だけ痛みが強い、レスキューを使っても15分で「また痛い」と言う、痛みの部位が毎回変わる。こうした形をとるとき、不安や不眠が上乗せされていることがあります。眠れているかを毎回聞くのが、いちばん手軽な入口です。
§ 3
当直で呼ばれる場面
緩和ケアの患者で夜間に呼ばれる訴えは、それほど多くありません。呼ばれ方ごとに、最初に確認することと、この講義のどこに書いてあるかを並べます。
| 呼ばれ方 | 最初に確認すること | 扱う章 |
| 痛い | 患者を診る。部位と性状、いつからか。NRSを測って記録する。直近24時間のレスキューの回数 | 第2章・第5章 |
| 息が苦しい | 酸素飽和度と呼吸数。治療できる原因を探す。胸水・心嚢液・肺炎・貧血・肺塞栓・気道閉塞・心不全 | 第9章 |
| 吐く | オピオイド開始からの日数、便が出ているか、腹部所見 | 第6章・第9章 |
| 便が出ない | 下剤が処方されているか。最終排便はいつか | 第6章 |
| つじつまが合わない | せん妄として原因を探す。薬剤・脱水・尿閉・便秘・痛み・感染・高カルシウム血症・脳転移・癌性髄膜炎 | 第9章 |
| 眠りすぎる | 呼吸数を数える。呼びかけで覚醒するか | 第6章 |
最初に見るのは患者です。指示簿を先に開くと、痛みの正体を確かめないまま処方の話が始まります。患者のところへ行き、どこがどう痛むのかを聞いて、強さをNRSで測ってカルテに書く。指示簿を見るのはそのあとです。
治療を変えたら、同じ物差しで測り直して記録します。変更前のNRSと変更後のNRSが並んで初めて、効いたかどうかを自分以外の人も判断できます。
診ずに強さだけを聞くと、痛み以外の苦痛を痛みとして扱ってしまうことがあります。不安、不眠、心細さが「痛い」という言葉で出てくる場面は珍しくありません。ここを取り違えると、増量しても取れない痛みを増量で追いかけることになります(§2)。
治療できる原因があるなら、それを治すことが最大の緩和です。症状を薬で抑えにかかる前に、原因の側に手が届かないかを必ず確かめます。
胸水を抜けば呼吸は楽になります。貧血を輸血で戻せば動けるようになります。尿閉のカテーテルひとつでせん妄が消えることがあります。高カルシウム血症を下げれば意識も食欲も戻ります。これらはモルヒネでは代わりになりません。
症状を和らげる薬と、原因への治療は、どちらか一方を選ぶものではありません。両方を同時に走らせます。心不全の呼吸困難で利尿薬がそのまま緩和治療になるのは、その典型です(心不全診療ノート 第8章)。
眠っている患者を起こして強さを聞く必要はありません。ただし見には行きます。呼吸数と覚醒の程度を確かめ、眠っているのが鎮痛が足りている結果なのか、効きすぎているのかを分けます。
§ 4
評価してから始める
この講義が繰り返し戻ってくる手順は、次の3つです。章が変わっても、やっていることはこれだけです。
評価して記録する → 定時薬とレスキューを組む → 同じ物差しで測り直す
| やること | 扱う章 |
| 1 | 患者を診て、痛みの部位・性状・時間パターンを取る。持続する痛みか、突出する痛みかを分ける。NRSを測ってカルテに書く | 第2章 |
| 2 | 定時薬を決め、必ずレスキューを同時に処方する。下剤と嘔気時の指示も同時に出す | 第3章・第5章・第6章 |
| 3 | 同じ物差しで測り直す。変更後のNRSと、直近24時間のレスキューの回数を並べて効果を判定し、記録する | 第5章 |
オピオイドで怖いのは量ではなく、評価せずに始めることと、始めたあと見に行かないことです。適切に評価して開始した鎮痛では、致命的な呼吸抑制はまず起きません。呼吸抑制の見分け方は第6章で扱います。
もうひとつ、方針の前提になるのが予後の見立てです。残された時間が月単位か、週単位か、日単位かで、副作用対策をどこまで組むか、内服から注射へいつ切り替えるかが変わります。見立ての取り方と看取りの数日は第10章で扱います。
眠気は副作用であって、鎮痛の目的ではありません。狙うのは症状だけを取ることです。苦痛が取れているのにさらに増量して傾眠を作るのは、鎮痛ではなく副作用を足しているだけです。
手を尽くしても苦痛が取れないときに初めて鎮静を検討します。鎮静は、残された時間を意識のないまま過ごす決断です。適切に行われた鎮静で生存期間が短くなるという明確な証拠は無いというのが現在の一般的な見方ですが、個々の患者で影響が無いとは言い切れません。主治医ひとりで決めるものではなく、治療抵抗性であることの確認、患者と家族の意思、多職種での検討と記録という手順を院内で踏みます。第10章で扱います。
医療用麻薬という言葉も、患者にとっては引っかかる言葉です。使い始めることが病状の悪化を意味するわけではないこと、依存や中毒とは別のものであることを、処方の場で一度言葉にしておくと、その後の増量が通りやすくなります。
§ 5
症例で確認
72歳男性。肺腺癌、多発骨転移。抗がん治療の目的で一般病棟に入院中。
午後11時、腰背部痛でナースコール。日中から鈍く痛み、寝返りを打つ瞬間に激痛が走る。
痛みの強さは 10段階で8。バイタルは安定、意識清明、呼吸数 16/分。
指示簿には アセトアミノフェン 500mg 頓用(1日3回まで) のみ。本日すでに3回使用済み。
当直の研修医は、指示簿の頓用が尽きているため、朝まで様子を見るか主治医に連絡するかで迷っている。
この場面で何を確認し、何を決めるかを考えてください。
1まず何を聞くか
ベッドサイドへ行くことです。NRSは記録に要るので測りますが、数字だけを聞いて電話を切らない。診て聞くのは部位・性状・時間パターンの3つです。
この患者では、日中から続く鈍い痛みと、寝返りの瞬間だけ走る激痛という2種類の痛みが重なっています。前者は持続する痛みで定時薬の対象、後者は体動によって誘発される突出痛で、レスキューの使い方が変わります。
骨転移があることも読み落とせません。骨転移の痛みは体動で誘発され、オピオイドだけでは取りきれないことがあります。詳しくは第2章と第7章で扱います。
2頓用が尽きているとき、何をするか
アセトアミノフェンは1日の総量に上限があり、成人では4000mgを超えません。500mg を3回では上限に達していませんが、上限まで積んでも取れない痛みであることは、この時点ですでに分かっています。
ここで足すべきは同じ薬の4回目ではなく、段の違う薬です。強い痛みに対しては、弱いオピオイドを経由せずに強オピオイドを始めます。開始量と剤形の選び方は第3章と第4章で扱います。
「朝まで様子を見る」は、取れる痛みを取らずに8時間放置するという判断です。深夜でも主治医に連絡する理由になります。
3何を同時に処方しておくか
オピオイドを始めるときに単独で出してはいけません。
同時に3つを組みます。
定時薬 持続する痛みを抑える
レスキュー 突出痛に使う。1日量から決まる
下剤 便秘は必発。起きてからでは遅い
加えて
嘔気時の指示を置いておくと、夜間に別のコールで起こされずに済みます。レスキューの決め方は第5章、副作用の先回りは第6章で扱います。
そして、この夜にいちばん大事な指示は
開始前のNRSをカルテに書いておくことと、
投与後にもう一度NRSを測って記録してもらうことです。この2つの数字と、翌朝までのレスキューの回数が、翌日の判断の根拠になります。
✅ まず患者を診て、持続する痛みと体動時の突出痛を分けて評価する。開始前のNRSを記録し、強オピオイドを定時薬とレスキューで組み、下剤を同時に出す。投与後と翌朝に同じ物差しで測り直す。
この章では手順の骨格だけ持って帰ってください。薬の名前と量は第3章から順に埋めていきます。
この章の要点
- 緩和ケアは診断された日から治療と並行して行え、対象はがんに限らない(末期心不全・慢性呼吸器疾患・腎不全・神経難病・認知症)。抗がん治療の中止と同時に持ち出すと、見捨てられた合図として受け取られる。心不全の終末期は心不全診療ノート 第8章にある。
- 苦痛は身体・精神・社会・スピリチュアルの4つに分かれる。増量しても取れない痛みは、量・痛みの種類・痛み以外の苦痛の3つに分けて考える。
- 「痛い」で呼ばれたら、まず患者を診る。NRSで測ってカルテに書き、治療を変えたら同じ物差しで測り直して効果を判定する。不安や不眠が痛みとして表現されることがある。
- 治療できる原因があるなら、それを治すことが最大の緩和。胸水・貧血・尿閉・高カルシウム血症・感染は、薬で症状を抑える前に原因の側を確かめる。症状緩和と原因治療は同時に走らせる。
- 手順は評価して記録する → 定時薬とレスキューを組む → 同じ物差しで測り直す。この3つが全章に通っている。
- オピオイドで怖いのは量ではなく、評価せずに始めることと、始めたあと見に行かないこと。
- 眠気は副作用であって鎮痛の目的ではない。症状が取れているのに増量して傾眠を作らない。手を尽くしても取れない苦痛に対してのみ、院内の手順を踏んで鎮静を検討する。
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第2章:痛みを評価する部位と性状/持続痛と突出痛/侵害受容性か神経障害性か
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免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載の数値・基準は一般的な目安であり、実際の診療は各施設のプロトコルと患者の病態に従ってください。診断・治療の最終判断は必ず担当医師が行ってください。