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第 8 章 ・ つなぐ

退院・在宅・再入院予防

退院してよい条件/患者が自分で気づくための体重管理/在宅での評価/そして、いつか必ず来る話し合いの準備。

心不全は再入院を繰り返しながら悪くなっていく病気です。入院のたびに心機能は少しずつ削られ、元の水準には戻りません。だからこそ、次の増悪を起こさせないことが急性期の治療と同じだけの価値を持ちます。病院を出たあとの心不全を扱います。
§ 1

退院してよい条件

息切れが取れたから退院、では早すぎます。第4章で見たとおり、うっ血を残したまま退院した患者は高率に戻ってきます

条件 1
うっ血が取れている
頸静脈怒張の消失・浮腫の消退・体重がドライウェイトに。症状だけで判断しない。
条件 2
内服に切り替えて安定
静注利尿薬から経口に変えて24〜48時間、うっ血が戻らないことを確認。
条件 3
4本柱が始まっている
入院中に導入する(第5章)。退院後に先送りすると揃わない。
条件 4
増悪因子に手を打った
怠薬・塩分・心房細動・虚血・貧血・NSAIDs。原因を残せば必ず再発する。
条件 5
患者が方法を知っている
体重の測り方と、どうなったら連絡するかを本人・家族が言える。
条件 6
次の受診が決まっている
退院後1〜2週間以内の受診を予約。ここが最も再入院しやすい時期。
退院後の最初の1か月は脆弱期(vulnerable phase)と呼ばれます。この時期の再入院リスクは際立って高く、退院直後の外来フォローが再入院を減らします。1か月後ではなく、1〜2週間後に外来を原則にしてください。
§ 2

体重は患者が自分で気づくための道具

心不全の再入院予防で最も費用対効果が高い介入は、毎日の体重測定です。浮腫が目に見えるようになる前に、体重は動きます。

毎朝・排尿後・同じ服装で・同じ体重計で条件を揃えなければ、1〜2kg の変化は判別できない。
毎日より、同じ条件でのほうが重要。
変化患者に伝える行動
2〜3日で 2kg 以上増えた連絡する(あるいは指示された頓用利尿薬を追加する)
1週間で 2kg 以上増えた連絡する
体重が減り続ける・食欲がない連絡する(脱水や悪液質の可能性。増えるほうだけを見ない)
増えたら連絡、だけでなく、減り続けても連絡と伝えてください。第6章の症例のように、うっ血が取れた後も利尿薬を続けて脱水に振れることがあります。また心不全末期には心臓悪液質による体重減少も起こります。体重は両方向に意味があります。
§ 3

増悪のサインを、患者の言葉に翻訳する

呼吸困難が出たら受診してください、では遅すぎます。患者が自分で気づける具体的な言葉に置き換えます。

医学的な所見患者に伝える言葉
起坐呼吸枕を増やさないと眠れなくなったら教えてください」
発作性夜間呼吸困難夜中に息苦しくて目が覚めたら連絡してください」
体液貯留靴や指輪がきつくなったら」「お腹が張る感じが出たら」
労作時呼吸困難の悪化いつもの坂道・階段がつらくなったら
低灌流ぼんやりする、いつもより疲れるが続いたら」
説明の相手を間違えないでください。高齢者では本人が変化を自覚しにくく、また遠慮して連絡しないことがあります。同居家族・訪問看護・ケアマネジャーにも同じ内容を共有することで、はじめて機能します。
§ 4

在宅・往診での評価

在宅では検査が限られます。しかし心不全の評価に必要なものの多くは、ベッドサイドで得られます

評価在宅でできること
うっ血頸静脈(第2章)、下腿浮腫、体重の推移、起坐呼吸の有無
灌流手を握る(四肢冷感)、脈圧、意識レベル、尿量
エコー携帯エコーがあれば IVC 径と虚脱率(右房圧の推定)、胸水、B-line、目視での収縮
服薬状況残薬を数える。これが最も確実な服薬評価
生活食事の実態(味噌汁・漬物・惣菜)、活動量、介護者の負担
IVC 虚脱率・右房圧推定ツール下大静脈の最大径・最小径から、うっ血と脱水を見分ける 左室駆出率 EF 簡易計算LVIDd・LVIDs から Teichholz 法で算出
在宅では頓用の利尿薬をあらかじめ処方しておく方法が有効なことがあります。体重が一定以上増えたときに、決めた量を自分で追加してもらう。ただし自己調整には教育と、電話で相談できる体制が前提です。誰にでも渡してよい方法ではありません。
§ 5

心臓リハビリテーションと生活指導

かつて心不全に安静が指示された時代がありましたが、現在は逆です。運動療法は運動耐容能・QOL・再入院率を改善します

項目指導の要点
運動安定期に有酸素運動を中心に。過度の安静はデコンディショニングとフレイルを招く
塩分目安は 1日6g未満。ただし高齢者では食欲低下・低栄養に注意し、緩める判断も必要(第7章)
水分一律の制限は不要。低ナトリウム血症や高度心不全で個別に検討
飲酒・喫煙禁煙は必須。アルコールは節度を(アルコール性心筋症では禁酒
ワクチンインフルエンザ・肺炎球菌。感染は主要な増悪因子(第2章)
入浴可能。熱すぎる湯・長湯は避ける(血管拡張と脱水)
「安静にしてください」は、多くの高齢心不全患者にとって有害な指示です。急性増悪期を除けば、動かないことによる筋力低下・食欲低下・認知機能低下のほうが、患者の予後とQOLを損ないます。何を制限するかより、何ができるかを伝えてください。
§ 6

意思決定支援は早すぎるくらいでちょうどよい

心不全は予後の予測が難しい病気です。がんのように緩やかに下降するのではなく、増悪と回復を繰り返しながら、あるとき急に亡くなるという経過をたどります。

悪くなってから話すのでは
話せる状態でなくなっている増悪期は本人の意思確認が難しい。
だからこそ、安定しているときに話し始める。

話し合うべき内容は、延命処置の可否だけではありません。

心不全の緩和ケアは、治療をやめることではありません。利尿薬でうっ血を取ることは、最期まで呼吸困難を和らげる最良の緩和治療です。心不全治療そのものが緩和ケアであるという点が、がんとの大きな違いです。加えて、呼吸困難や不安に対してオピオイドを用いることもあります(オピオイド換算ツール)。
一度決めたら終わりではありません。意思は状況とともに変わります。増悪のたび、節目のたびに繰り返し確認するものだと理解してください。
§ 7

症例で確認

81歳男性、独居。HFrEF(LVEF 33%)の急性増悪で入院し、10日が経過。
利尿薬で 体重は 62kg → 57kg となり、浮腫は消失、頸静脈怒張もない。息切れも消えた。本日から経口利尿薬に切り替えたところ。
内服:フロセミド20mg/日、エンレスト50mg 1日2回、カルベジロール2.5mg 1日2回、ダパグリフロジン10mg/日。MRA は未導入(入院時 K 5.2 だったため見送られた)。現在 K 4.3、Cre 1.1。
本人は「もう元気だから明日帰りたい」と話している。カルテには次回外来が1か月後で予約されている。
入院の原因は怠薬だった(「調子がよかったので飲むのをやめていた」)。
1明日の退院は妥当か
早すぎます。§1 の条件で確認します。
条件1 うっ血が取れた   → ○(浮腫消失・頸静脈怒張なし) 条件2 内服に切り替えて安定 → ✗ 本日切り替えたばかり 条件3 4本柱が始まっている → △ MRAが未導入 条件4 増悪因子に手を打った → ✗ 怠薬対策が未着手 条件5 患者が方法を知っている→ ✗ 未確認 条件6 次の受診が決まっている→ ✗ 1か月後は遅い
経口に切り替えた直後は、24〜48時間かけてうっ血が戻らないことを確認してから退院を判断します。
2MRA と外来予約をどうするか
MRA は今こそ導入を検討します。見送られた理由は入院時の K 5.2 でしたが、現在は K 4.3、Cre 1.1 と条件を満たしています(第5章:K < 5.0 かつ eGFR > 30)。
第6章で学んだとおり、一度見送られた薬は外来で再検討されないまま放置されがちです。条件が整った今、入院中に始めるべきです。開始後は1〜2週でKと腎機能を再検します。
外来予約は1か月後では遅すぎます。退院後1か月は脆弱期であり、再入院が起こりやすい時期です。1〜2週間以内に前倒ししてください。ちょうど MRA 導入後のK確認とも重なり、一石二鳥になります。
3怠薬にどう手を打つか
この患者の入院原因は怠薬であり、ここに手を打たなければ同じことが起こります。しかも本人は今また「もう元気だから」と言っています――前回とまったく同じ認識です。
①説明の中身を変える:「調子がよいのは薬が効いているからで、やめれば戻ります」。第1章のステージの考え方(症状が消えてもステージCのまま)が、ここでそのまま患者説明の言葉になります。
②飲みやすくする:一包化、服薬カレンダー、可能な範囲で1日1回にまとめる。
③独居であることに手を打つ:訪問看護・訪問薬剤師の導入、ケアマネジャーとの連携。独居・高齢・怠薬歴は再入院の高リスク
④体重管理を教える:毎朝同条件で測り、2〜3日で2kg増えたら連絡。記録用紙を渡す。ドライウェイトが 57kg であることを本人と共有する。
明日の退院は早い。経口切替後24〜48時間の観察、条件が整った MRA の導入、外来予約を1〜2週間以内に前倒し、そして怠薬という真の原因への介入(説明・一包化・訪問看護)。
うっ血を取ることは入院治療の半分。残り半分は、次の増悪を起こさせない仕組みを作ること。
この章の要点
シリーズ完走のあとに
まとめ早見表分類・BNP・Nohria分類・利尿薬・4本柱を1ページに 薬剤リファレンス4本柱と利尿薬の開始量・目標量・注意点 講義一覧に戻る章の一覧
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