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第 6 章 ・ 慢性期

導入の実際と落とし穴

血圧が低い/腎機能が悪い/Kが高い――「教科書どおりに始められない患者」にどう対処するか。そして増悪時に薬を止めるべきか。

第5章で4本柱を学びました。しかし実際の患者は、たいていどこかに制約を抱えています。血圧が低い、腎機能が悪い、Kが高い――ここで手が止まり、結局4剤が揃わないまま退院していく。それが、いちばんよくある失敗です。それでも進めるための判断を扱います。
§ 1

諦める前に確認すること

制約に直面したとき、多くの場合は薬をやめる前にできることが残っています

4本柱が入れられない/増やせない
① 利尿薬が過剰ではないか うっ血が取れた後も同じ量を続けていると、脱水で血圧も腎機能も悪化する。まず利尿薬を減らす
② 不要な降圧薬が残っていないか 心不全の適応がないCa拮抗薬・α遮断薬などは、4本柱のための血圧を奪っている
③ 症状はあるか 血圧が低くてもふらつき・失神がなければ許容できることが多い
④ 減量で足りないか 中止ではなく半量で継続できないか
↓ それでも困難なら
一時的に減量・中止する。ただし再開する日を決めてカルテに書く
心不全治療で多い失敗は、一度止めた薬が二度と再開されないことです。入院中に血圧低下で中止したβ遮断薬が、退院後の外来で誰にも再開されないまま数年が過ぎる――これは珍しくありません。止めるときは必ず、いつ・誰が・何を見て再開するかをカルテに残してください。
§ 2

血圧が低いとき

4本柱のうち3剤(ARNI・β遮断薬・MRA)は血圧を下げます。収縮期血圧 90〜100 mmHg 台の患者は珍しくありません。

状況対応
無症状の低血圧
ふらつき・失神なし、臓器灌流も保たれる
そのまま継続してよい。数字だけで減らさない
症状のある低血圧まず利尿薬と不要な降圧薬を減らす。それでも続くなら4本柱を減量(中止ではなく)
低灌流を伴う
四肢冷感・乏尿・意識レベル低下
Nohria C(第3章)。4本柱の調整以前に、循環の立て直しと循環器コンサルト
血圧が下がるから使えない、ではなく、血圧が下がるからこそ効いている側面があります。ARNI もβ遮断薬も、後負荷や心仕事量を下げることで心臓を守っています。低血圧そのものではなく、低灌流の症状・徴候があるかどうかで判断してください。
投与のタイミングを分けるだけで乗り切れることがあります。複数の降圧作用を持つ薬を同じ時刻にまとめて飲んでいると、その時間帯だけ血圧が落ち込みます。朝夕に分散させるだけで症状が消えることは実際にあります。
§ 3

腎機能が悪いとき

ARNI・ACE阻害薬・ARB を始めると、Cre がある程度上がるのは想定内です。輸出細動脈を拡張して糸球体内圧を下げるため、見かけ上の濾過量が減るからです。

導入初期の Cre 上昇は
おおむね 30% 以内なら許容これは腎臓が傷んでいるのではなく、糸球体内圧が下がった結果。
長期的にはむしろ腎を守る方向に働く。
薬剤腎機能との関係
ARNI/ACE-I/ARB初期の Cre 上昇 30% 以内は許容し継続。それを超える、または高K血症を伴うなら減量・中止を検討
MRAeGFR > 30 が開始の目安。エプレレノンは eGFR 30〜50 で25mg 隔日開始・25mg/日を超えない
SGLT2阻害薬開始直後に eGFR が一時的に低下することがあるが可逆的長期的には腎保護的に働くため、この初期低下で中止しない
β遮断薬腎機能による用量調整は基本的に不要
SGLT2阻害薬の初期 eGFR 低下(initial dip)で中止しないでください。これは腎障害ではなく、糸球体内圧が下がった生理的な反応です。ここで止めてしまうと、長期の腎保護効果を失います。数週間で戻ることを知っていれば慌てません。
心不全と腎機能は互いに悪化させ合います(心腎連関)。第4章で見たとおり腎うっ血そのものが腎機能を落とすため、腎臓が悪いから利尿を控える、が裏目に出ることがあります。eGFR 計算ツールで経過を追いながら判断してください。
§ 4

カリウムが高いとき

ARNI/ACE阻害薬/ARB と MRA はいずれも K を上げます。併用するので、高K血症は4本柱を揃えるうえで最大の障壁になりがちです。

血清K対応
< 5.0問題なし。MRA を開始・継続できる
5.0 〜 5.5すぐに止めない。まず原因を探す(下記)。頻回にKを測りながら継続を試みる
5.5 〜 6.0MRA を減量。K吸着薬の併用を検討。原因の是正
> 6.0、または心電図変化緊急対応。MRA・RAAS阻害薬を中止し、高K血症の治療へ

Kを上げている別の原因を先に探す

Kが高いから MRA を中止、と即断する前に必ず再検してください。溶血による偽性高K血症は日常的に起こります。本物の高K血症であっても、原因が併用薬や脱水にあるなら、そちらを是正すれば MRA は続けられます。予後を変える薬を、手技の問題で失わないでください。
近年はK吸着薬(ポリスチレンスルホン酸カルシウム、ジルコニウムシクロケイ酸ナトリウムなど)を併用して、RAAS阻害薬・MRA を継続するという考え方が広まっています。Kが上がったら薬を諦めるのではなく、Kを下げて薬を続ける方向で検討してください。詳しい高K血症の対応は 電解質・輸液ノート 第6章 へ。
§ 5

増悪したとき、4本柱を止めるべきか

入院してきた慢性心不全の患者。内服中の4本柱をどうするか――反射的な中止は避けてください

薬剤増悪時の扱い
β遮断薬血圧・灌流が保たれていれば継続。低灌流があれば減量、ショックなら中止。
※ 新規導入・増量は安定してから
ARNI/ACE-I/ARB血圧が保たれていれば継続。低血圧・急性腎障害・高K血症があれば減量・中止
MRA高K血症・腎機能悪化があれば中止。それ以外は継続
SGLT2阻害薬基本は継続。脱水・絶食・シックデイでは休薬
β遮断薬の急な中止には、それ自体のリスクがあります。受容体の感受性が亢進しているため、突然やめると頻脈・血圧上昇・虚血の誘発を招くことがあります。止めるとしても漸減が原則で、真に中止が必要なのは低灌流・ショックの場面です。
増悪=全部中止、ではない止めるかどうかを決めるのは増悪したという事実ではなく、
低血圧・低灌流・高K・腎機能悪化があるかどうか
§ 6

症例で確認

71歳女性。HFrEF(LVEF 32%)で4本柱を導入し、3か月が経過。
内服:エンレスト100mg 1日2回、カルベジロール5mg 1日2回、スピロノラクトン25mg/日、ダパグリフロジン10mg/日、フロセミド40mg/日、およびアムロジピン5mg/日(以前からの降圧薬)。
外来受診時:血圧 86/58 mmHg、脈拍 62/分。「立ちくらみがする」と訴える。四肢は温かく、尿は出ている。体重は3か月で 4kg 減少し、下腿浮腫・頸静脈怒張はない
採血:Cre 1.6 mg/dL(3か月前 1.2)K 5.3 mEq/L、Na 136 mEq/L。
研修医は「低血圧・腎機能悪化・高K血症が揃っているので、エンレストとスピロノラクトンを中止します」と言っている。
1この3つの異常に共通する原因は何か
所見を並べ直してください。
体重が3か月で4kg減少 浮腫なし・頸静脈怒張なし ← うっ血はすでに取れている 血圧低下・Cre上昇・K上昇 フロセミド40mg/日をそのまま継続中
これは脱水(利尿薬過剰)の像です。うっ血が取れた後も入院中と同じ利尿薬を続けたため、volume を抜きすぎている
血圧低下も、腎前性の Cre 上昇も、脱水による K の濃縮・腎排泄低下も、すべて1つの原因から説明できます
2エンレストとスピロノラクトンを止めるべきか
止めません。研修医は結果(低血圧・腎障害・高K)に対して薬を切ろうとしていますが、原因は別のところにあります。
§1 の順序を思い出してください。
① 利尿薬が過剰ではないか → 過剰。まずここを減らす ② 不要な降圧薬はないか  → アムロジピンが残っている ③ 症状はあるか      → 立ちくらみあり(対処は要る) ④ 減量で足りないか    → ①②で改善すれば4本柱は維持できる
ここで予後を変える2剤を切れば、症状は一時的に改善しても長期的には確実に損です。
なお K 5.3 は 5.0〜5.5 の帯で、ただちに中止する水準ではありません。まず再検し(偽性高K血症の除外)、原因の是正で下がるかを見ます。
3具体的に何をどう変えるか
①フロセミドを減量する(あるいは一時中止)。うっ血が取れている以上、この量は不要。これだけで血圧・Cre・K のすべてが改善する可能性が高い。
②アムロジピンを中止する。心不全の予後を改善する薬ではなく、4本柱のための血圧を奪っている
③4本柱は維持。血圧が戻れば立ちくらみも消える。
④1〜2週間後に再評価。体重・血圧・Cre・K を再検し、改善していれば4本柱を継続、必要なら増量へ。
それでも低血圧が続く場合に初めて、4本柱の減量(中止ではなく)を検討する。
原因は利尿薬過剰による脱水。切るべきはフロセミドとアムロジピンであって、4本柱ではない。
低血圧・腎機能悪化・高K血症を見たら、まず利尿薬は過剰でないか、不要な降圧薬はないかを確認する。予後を変える薬は、最後まで守る。
この章の要点
次のステップ
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