トップ講義一覧第2章
第 2 章 ・ 診断

疑う・診断する

身体所見はどれが当てになるか/BNP・NT-proBNP の読み方と落とし穴/心エコーで何を見るか/そして「なぜ今悪くなったか」を必ず問う。

心不全の診断で研修医がつまずくのは、たいてい「検査で決めようとする」ときです。BNP も心エコーも強力ですが、単独では答えを出しません。ベッドサイドで得られる所見のどれが当てになるのかを感度・特異度で整理し、そのうえで検査をどう重ねるかを組み立てます。
§ 1

心不全かもしれない、と思えるか

心不全は心臓の主訴で来るとは限りません。とくに高齢者では、典型的な呼吸困難よりも次のような形で現れることがあります。

息切れを待たないでください。高齢者は活動量が少ないため、労作時呼吸困難が出る前に浮腫や倦怠感で受診します。第1章の2軸(うっ血・低灌流)を思い出せば、これらはすべて心不全の症状として説明がつきます。
§ 2

病歴は3つだけ必ず聞く

限られた時間で最も情報量が多い質問は、次の3つです。

Q1
寝るとき、枕は何個ですか
増えていれば起坐呼吸。臥位で静脈還流が増え肺うっ血が悪化するために起こる、特異度の高い症状。
Q2
夜中に息苦しくて目が覚めますか
発作性夜間呼吸困難(PND)。起きて座ると数十分で楽になるのが典型。これも特異度が高い。
Q3
体重は増えていませんか
数日で2〜3kg増えていれば体液貯留。浮腫として見える前に体重は動く。第8章の再入院予防の核。
息切れだけでは心不全に寄せられません。労作時呼吸困難は感度こそ高いものの、貧血・肺疾患・脱条件・肥満・不安でも生じます。起坐呼吸と PND は、それに比べてずっと心不全を示唆します。時間がないときほど、この2つを聞いてください。
§ 3

身体所見はどれが当てになるか

身体所見は「あれば強い」ものと「なくても否定できない」ものを分けて覚えると、格段に使いやすくなります。

所見感度特異度実践での使い方
頸静脈怒張低〜中高いあれば右房圧上昇を強く示唆。うっ血の最も信頼できる身体所見のひとつ
Ⅲ音(奔馬調律)低い非常に高い聴けたらほぼ心不全。聴こえないことに意味はない
肝頸静脈逆流高い頸静脈が見にくいときの補助。右心系うっ血の裏づけ
下腿浮腫低い静脈不全・低アルブミン・薬剤性でも出る。単独では弱い
湿性ラ音低い慢性心不全ではリンパ排液が代償し聴こえないことが多い。肺炎とも紛れる
Ⅳ音左室の硬さを示唆。HFpEF で聴かれることがある
肺の音がきれいでも、心不全は否定できません。
慢性心不全では、肺のリンパ排液能が亢進しているためかなりの肺うっ血があってもラ音は聴こえません。冒頭の82歳の症例でも、肺野は初回受診時ほぼ清明でした。ラ音の有無で心不全を否定してはいけません。
頸静脈を見る習慣をつけてください。45度でベッドを起こし、胸骨角から拍動の頂点までの垂直距離+5cm がおよその右房圧(cmH₂O)です。慣れれば10秒で、うっ血の有無をいちばん直接に映す情報が得られます。エコーが使える場面なら IVC 虚脱率 でも同じことを確認できます。
§ 4

BNP・NT-proBNP の読み方

ナトリウム利尿ペプチドは心室壁にかかる負荷(ストレス)に応じて分泌されます。心不全診断の客観的な裏づけとして、ユニバーサル定義にも組み込まれています(第1章)。

日本心不全学会のステートメント(2023年改訂版)では、おおむね次の区分が示されています。

BNPNT-proBNP解釈
≦ 18.4 pg/mL≦ 55 pg/mL基準値。心不全の可能性は極めて低い
18.4 〜 3555 〜 125ただちに治療が必要な心不全の可能性は低い
35 〜 100125 〜 300精査・専門医への紹介を考慮(前心不全〜心不全の可能性)
100 〜 200300 〜 900心不全の可能性が高い。心機能評価と治療開始を
≧ 200≧ 900高リスク。速やかな対応を
2023年に境界値が下がりました。従来「BNP 40」「NT-proBNP 400」とされていた区切りが、それぞれ 35 / 300 に改められ、専門医紹介の目安も BNP 35・NT-proBNP 125 に前倒しされています。古い記憶のままだと拾えるはずの前心不全を見逃します。

心不全以外でも上がる/心不全でも上がらない

BNP を心不全の点数と思ってしまうと必ず外します。次の要因を必ず頭に置いてください。

上がる(偽陽性側)
腎機能低下(排泄が落ちる)/心房細動/高齢/貧血/敗血症/肺塞栓/肺高血圧/甲状腺機能亢進
※ ARNI 使用中は BNP が上昇する(ネプリライシン阻害のため)。NT-proBNP で評価する
上がらない(偽陰性側)
肥満(最重要。BMI が高いと低めに出る)/急激に発症した心不全(分泌が追いつかない)/収縮性心膜炎
→ 肥満患者で「BNP が低いから違う」と考えない。
ARNI(エンレスト)内服中の BNP は解釈できません。サクビトリルはネプリライシンを阻害し BNP の分解を止めるため、心不全が改善していても BNP は上がります。ARNI を使っている患者の経過は必ず NT-proBNP(ネプリライシンで分解されない)で追ってください。第5章で扱う4本柱の実務に直結する注意点です。
§ 5

胸部X線と心エコー

胸部X線

冒頭の症例のように、心拡大がないことは心不全の否定になりません。とくに HFpEF では心臓のサイズは正常のことが普通です。

心エコーで何を見に行くか

心エコーは EF を測る検査ではありません。次の4点を確認しに行きます。

1
収縮は保たれているか
LVEF による分類(第1章)。治療の選び方が変わる。EF 計算ツール
2
うっ血しているか
下大静脈の径と虚脱率、胸水、B-line。IVC ツール
3
治せる原因はないか
弁膜症・局所壁運動異常・心嚢液。ここが最重要。
4
右心はどうか
右室拡大・三尖弁逆流から肺高血圧・右心不全を推定。
3 番を飛ばさないでください。重症大動脈弁狭窄症、急性僧帽弁閉鎖不全、心タンポナーデ――これらは「心不全」として現れますが、利尿薬では治らず、治すべき対象が別にあります。心エコーは EF を測るためではなく、治せるものを探すために撮ります。
§ 6

なぜ今、悪くなったのかを必ず問う

慢性心不全の患者が増悪して運ばれてきたとき、利尿薬を投与して改善させるだけでは仕事は半分です。増悪させた引き金を見つけて断たなければ、そのまま再入院します。

引き金確認の仕方
怠薬・自己中断
最も多い
残薬を数える。「飲みにくい薬はありますか」と非難せずに聞く
塩分・水分の過剰直近の食事、外食・旅行・行事の有無
頻脈性不整脈
とくに心房細動
心電図。心電図判読ノート
虚血胸痛の有無、心電図の ST-T、トロポニン
感染症発熱・炎症反応。肺炎は心不全と紛れやすく、併存もする
薬剤NSAIDs(Na貯留・腎血流低下)、ピオグリタゾン、一部の抗がん剤、ステロイド
貧血・腎機能悪化・甲状腺機能異常血算・腎機能・TSH
NSAIDs は必ず確認してください。整形外科や市販薬で処方・購入されていることが多く、患者は「痛み止め」を薬と認識していないことがあります。ナトリウム貯留と腎血流低下により、心不全を確実に悪化させます。お薬手帳だけでなく市販薬まで踏み込んで聞いてください。
§ 7

症例で確認

74歳男性、BMI 33。3日前からの労作時息切れと下腿浮腫で受診。糖尿病・高血圧で通院中。
枕を2個に増やしており、夜中に息苦しくて目が覚めることがある。
身体所見:頸静脈怒張あり、両下腿に pitting edema、肺野は清明。Ⅲ音は聴取できず。
検査:BNP 52 pg/mL、胸部X線で CTR 48%(心拡大なし)、心エコーで LVEF 55%
研修医は「BNP も低く心拡大もない。EF も正常なので心不全ではないでしょう」と判断しかけている。
1BNP 52 をどう読むか
まず区分を確認します。BNP 52 は「35〜100」の帯にあり、これは「精査・専門医紹介を考慮する」範囲です。決して低い値ではありません。
さらに決定的なのが BMI 33 です。
肥満 → BNP は低めに出る(偽陰性側)
つまりこの患者の BNP 52 は、やせた人ならもっと高い値に相当すると解釈すべきです。BNP が低いから違う、という判断は、この体型の患者でとくに危険です。
2「肺野清明・心拡大なし」は否定の材料になるか
どちらも否定の材料にはなりません
湿性ラ音は感度が低く、慢性の経過ではリンパ排液が代償するため聴こえないことが普通です。心拡大も HFpEF では通常ありません
一方で、この患者には特異度の高い所見が揃っています
起坐呼吸(枕が2個に増えた) 発作性夜間呼吸困難 頸静脈怒張 ← 特異度が高い 両下腿浮腫
「ない所見」より「ある所見」を重く見てください。Ⅲ音が聴こえないことにも意味はありません(感度が低い)。
3診断は何か。次に何をするか
症状(起坐呼吸・PND・息切れ)とうっ血の客観的所見(頸静脈怒張・浮腫)が揃い、BNP も肥満補正を加味すれば矛盾しません。LVEF 55% ですから HFpEF です。
そして第2章の仕上げです。――なぜ今悪くなったのかを問います。糖尿病・高血圧の背景に加え、確認すべきは怠薬・塩分・NSAIDs・心房細動・虚血。とくに BMI 33 で整形外科通院があれば NSAIDs は要確認です。
HFpEF(LVEF 55%)。BNP は肥満で低く出ており、否定の根拠にならない。
「ない所見(ラ音・心拡大・Ⅲ音)」で否定せず、「ある所見(起坐呼吸・PND・頸静脈怒張)」で診断する。そして必ず増悪因子を探す。
この章の要点
次のステップ
第3章:急性心不全の初期対応うっ血と灌流の2軸を4象限に/Nohria分類・CS分類/いつ循環器を呼ぶか 第1章に戻る心不全とは 講義一覧に戻る章の一覧
免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載の数値・基準・薬剤の用量はあくまで一般的な目安であり、実際の診療は各施設のプロトコルと患者の病態、および最新の添付文書に従ってください。診断・治療の最終判断は必ず担当医師が行ってください。