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第 3 章 ・ 急性期

急性心不全の初期対応

2軸を4象限に落とす(Nohria分類)/血圧で入口を決める(CS分類)/酸素とNPPV/そして「いつ循環器を呼ぶか」。

急性心不全の初期対応が難しくなるのは、患者をどこに置くかを決めないまま薬を選ぶからです。第1章で敷いたうっ血と灌流の2軸を、そのまま治療方針に変換します。
§ 1

最初の5分でやること

診断を詰めるのは後です。まず患者が今すぐ死ぬ状態かどうかを判断します。

ABC と血行動態の評価
ただちに応援を呼ぶ状態
・SpO₂ が酸素投与でも上がらない/呼吸が持たない
・収縮期血圧 < 90 mmHg、意識障害、四肢冷感(心原性ショック
・ST上昇(急性冠症候群)/持続する頻脈性不整脈
↓ 上記がなければ
モニター・静脈路・12誘導心電図・血液ガス・胸部X線・心エコーを並行して進めつつ、2軸の評価
座らせてください。起坐呼吸のある患者を寝かせると、静脈還流が増えて肺うっ血が悪化します。上体を起こすだけで呼吸が楽になることは珍しくありません。最初の指示は薬ではなく体位のことがあります。
§ 2

2軸を4象限にする(Nohria 分類)

第1章の2軸――うっ血(wet / dry)灌流(warm / cold)――を組み合わせると、患者は必ず次の4つのどれかに入ります。

うっ血なし
dry
うっ血あり
wet
灌流
保たれる
warm
A
warm & dry
代償されている。
増悪の原因を探し、内服調整へ
B
warm & wet
最も多い型
利尿薬+血管拡張薬でうっ血を取る
灌流
低下
cold
L
cold & dry
volume が足りない。
慎重に輸液。利尿薬は止める
C
cold & wet
最重症。強心薬を考慮し、
循環器にコンサルト

この4象限が強力なのは、治療の向きがそのまま決まるからです。うっ血があるなら引く(利尿・血管拡張)、灌流が足りないなら支える(強心薬・場合により輸液)。

ここで危険なのは、C(cold & wet)を B(warm & wet)と見なして利尿薬を打つことです。
どちらも「浮腫があって息が苦しい」ので見た目は似ています。しかし C では心拍出量がすでに足りておらず、そこから利尿で volume を抜くと腎前性腎不全とショックに落ちます
両者を分けるのは灌流の所見――四肢冷感、脈圧の狭小化、傾眠、乏尿、低ナトリウム血症、乳酸上昇。浮腫を見たら、必ず手を握ってください。
脈圧に注目すると見分けやすくなります。(収縮期血圧 − 拡張期血圧)÷ 収縮期血圧 が 25% 未満だと低心拍出量を示唆します。例:血圧 90/70 なら脈圧比は (90−70)/90 ≒ 22% で cold を疑う。血圧の絶対値だけでは cold は拾えません。
§ 3

CS 分類は血圧で入口を決める

Nohria 分類が「患者の型」を表すのに対し、CS(クリニカルシナリオ)分類は来院時の収縮期血圧で初期治療の入口を決めるための道具です。救急外来では、こちらのほうが早く動けます。

CS収縮期血圧病態初期対応の軸
CS1> 140 mmHg急激に発症。血管が締まって肺に水が移動した状態(volume shift)。全身の体液量はさほど増えていない血管拡張薬(硝酸薬)+ NPPV。利尿薬は控えめでよい
CS2100 〜 140 mmHg数日かけて体液が貯まった。体重増加・浮腫を伴う(volume overload利尿薬が主役。血管拡張薬を併用
CS3< 100 mmHg低灌流が前面。心原性ショックに近いうっ血がなければ慎重に輸液。強心薬を考慮し、循環器へ
CS4急性冠症候群による心不全再灌流療法が最優先。カテ室へ
CS5右心不全が主体前負荷を落としすぎない。利尿薬・硝酸薬は慎重に
CS1 で利尿薬を大量に入れないでください。CS1 は体に水が多すぎるのではなく、血管が締まって水が肺に押し込まれた状態です。全身の体液量は正常のこともあり、ここで強力に利尿すると脱水と腎機能悪化を招きます。CS1 の主役は血管を開くこと(硝酸薬)と NPPV です。
CS 分類と Nohria 分類は競合しません。CS で入口を決め、Nohria で患者の型を確かめる、と使い分けてください。たとえば CS2 の多くは Nohria B(warm & wet)ですが、CS3 は Nohria C や L に相当します。
§ 4

呼吸をどう支えるか

低酸素血症があれば酸素を投与します。目標は SpO₂ 94〜98%(CO₂ ナルコーシスのリスクがある慢性II型呼吸不全では 88〜92%)。

心原性肺水腫に NPPV(CPAP) は極めて有効陽圧が肺胞内の水を押し戻し、同時に静脈還流(前負荷)と左室後負荷を下げる。
挿管を回避できることが多く、早期に開始するほど効果が高い。

NPPV の設定・導入の実際・失敗の見極めについては、姉妹シリーズで詳しく扱っています。

酸素療法・人工呼吸器ノート 第5章NPPV の適応・設定・うまくいかないときの判断
NPPV が禁忌・不適な場面を覚えておいてください。意識障害で気道が保てない、嘔吐している、顔面外傷、循環が不安定でショック――これらではNPPV に固執せず挿管を検討します。NPPV を始めたのに改善しないとき、漫然と続けるのは避けてください。
§ 5

いつ循環器を呼ぶか

研修医にとって切実な問いです。次のいずれかがあれば、迷わず、早く相談してください。

状況理由
収縮期血圧 < 90 mmHg、または低灌流所見
(Nohria C・CS3)
強心薬・機械的補助の判断が必要。利尿薬だけで粘ると悪化する
ST 上昇・新規の虚血性変化
(CS4)
再灌流までの時間が予後を決める
NPPV で改善しない/挿管を要する呼吸不全集中治療管理と原因への介入が必要
血行動態を崩す不整脈
持続性VT・高度徐脈・頻脈性心房細動
電気的治療・ペーシングの適応判断。心電図判読ノート 第4章
重症弁膜症・機械的合併症を疑う
新規の心雑音、急性MR、心破裂
外科的・カテーテル的治療の対象。薬では治らない
初回発症の心不全で原因が不明精査の方針決定
呼ぶかどうか迷ったこと自体が、呼ぶ理由として十分です。心不全の急性期は数時間で様相が変わります。早く相談して「様子を見てよい」と言われるコストは小さく、遅れたときのコストは大きい。非対称な賭けであることを覚えておいてください。
§ 6

症例で確認

79歳男性。拡張型心筋症で通院中(LVEF 28%)。1週間前から下腿浮腫が増え、3日前から食欲が落ちて臥床がち。本日、息苦しさで救急搬送。
バイタル:血圧 88/70 mmHg、脈拍 104/分、呼吸 26/分、SpO₂ 92%(室内気)、体温 36.2℃。
身体所見:頸静脈怒張あり、両下腿に著明な pitting edema、肺野に軽度の湿性ラ音。四肢は冷たく、傾眠傾向。
検査:Na 128 mEq/L、Cre 1.9 mg/dL(前回 1.1)、乳酸 3.2 mmol/L
研修医は「うっ血が強いのでフロセミド 40mg を静注します」と言っている。
1この患者を4象限のどこに置くか
2軸で分けます。
うっ血(wet):頸静脈怒張、下腿浮腫、ラ音 → あり
灌流(cold):四肢冷感、傾眠、低Na血症、Cre の急上昇、乳酸上昇 → 低下している
さらに脈圧を計算します。
脈圧比 = (88 − 70) ÷ 88 = 18 ÷ 88 ≒ 20 % (25% 未満 → 低心拍出量を示唆)
→ この患者は Nohria C(cold & wet)、CS 分類では CS3 です。最重症の象限にいます。
2フロセミド 40mg 静注でよいか
そのまま打ってはいけません。研修医は「浮腫がある=水が多い=利尿」と考えましたが、これは Nohria B のロジックです。
この患者は C(cold & wet)すでに心拍出量が足りていないところから利尿で前負荷を抜けば、心拍出量はさらに落ち、腎灌流も落ちます。
Cre 1.1 → 1.9(すでに腎前性の悪化が進行) Na 128(低灌流に伴う低ナトリウム血症) 乳酸 3.2(組織灌流不全のサイン)
これらはすべて、もう抜ける状態ではないと告げています。
正しい順序は、まず灌流を立て直すこと。強心薬(ドブタミンなど)の適応を検討しつつ、循環器へ早期にコンサルトします。うっ血の解除はその後、あるいは並行して慎重に行います。
3では何をどの順でするか
上体を起こし、酸素投与(目標 SpO₂ 94〜98%)。呼吸が保てなければ NPPV を検討。
モニター・静脈路・12誘導心電図。増悪の引き金(虚血・不整脈・感染・怠薬)を並行して探す。
③ 循環器にコンサルト。CS3 かつ Nohria C は、研修医が単独で管理する状況ではありません。
強心薬の適応を上級医と判断。利尿は灌流が改善してから、あるいは強心薬の下で慎重に。
血圧が低いため、この局面では硝酸薬も禁忌に近い(さらに血圧が下がる)。
Nohria C(cold & wet)/CS3。フロセミド単独投与は避け、灌流の立て直しを優先して循環器へコンサルト。
浮腫を見たら必ず手を握る。うっ血の所見は「引く」理由になるが、低灌流の所見は「引いてはいけない」理由になる
この章の要点
次のステップ
第4章:うっ血と利尿薬フロセミドの初回量/効果判定/利尿薬抵抗性/腎機能悪化の読み方 第2章に戻る疑う・診断する 講義一覧に戻る章の一覧
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