頻拍の心電図を前にすると、つい「これは何という不整脈か」 を先に当てにいきたくなります。しかし当直で命を分けるのは診断名ではありません。患者が保っているかどうか です。順番さえ守れば、診断がつかなくても正しく動けます。動くための順番 を扱います。
§ 1
まず血行動態を見る
頻拍を見たら、心電図を眺める前に患者を見ます。この頻拍のせいで患者が破綻しているか が最初の分岐です。
不安定を示す4つの所見 ① 意識障害 (もうろう・失神) ② 持続する胸痛 (虚血を示唆) ③ 急性心不全の徴候 (起坐呼吸・湿性ラ音・SpO₂ 低下) ④ ショック (低血圧・冷汗・末梢冷感) これらがあれば → 直ちに同期下カルディオバージョン (鎮静を併用)。薬で粘る場面ではありません。
同期下(synchronized)であることが重要です。 同期をかけずに通電すると、偶然 T 波の受攻期に当たって心室細動を誘発しうるからです(第3章の R on T と同じ理屈)。ただし脈のない心室頻拍・心室細動では同期をかけません ――同期すべき R 波がなく、非同期での除細動が必要です。
安定していると確認できて初めて、何という不整脈か を考える不安定な患者の前で鑑別診断に時間を使わない。
§ 2
QRS 幅で二分する
安定していると判断したら、次はたった1つの物差し で大きく2つに分けます。
頻拍(> 100/分)― QRS 幅は?
▼
NARROW < 0.12 秒
上室性 と考えてよい
興奮が正常の伝導路を通っている=房室結節より上から来ている
WIDE ≥ 0.12 秒
まず心室頻拍(VT)を疑う 上室性+変行伝導のこともあるが、危険な方を先に想定する
QRS 幅が広いのに「たぶん上室性でしょう」と決めつけないでください。 wide QRS 頻拍のうち、虚血性心疾患の既往がある患者では 9 割前後が VT と報告されています。VT を SVT と誤って Ca 拮抗薬(ベラパミル)を投与すると、血圧が急落し致命的になりえます。迷ったら VT として扱う ――これが原則です。
§ 3
Narrow QRS 頻拍は規則性でさらに分ける
心拍数が 150 前後でぴったり規則的 なら、まず心房粗動 2:1 を疑う心房粗動の心房レートは約 300/分。2 回に 1 回だけ心室へ伝われば、必然的に約 150/分になる。
§ 4
心房粗動は鋸歯状波を探す
心房内を興奮が旋回し、約 300/分の規則的な心房興奮が起こります。房室結節がすべては通さないため、2:1・3:1・4:1 といった比で心室に伝わります。
F
F
F
F
QRS
QRS
F 波 約300/分 / QRS 約150/分
F 波が見えないときの一手: 頻拍のせいで鋸歯状波が QRS に隠れていることがあります。迷走神経刺激や ATP(アデノシン)で一時的に房室伝導を落とす と、QRS が間引かれて隠れていた F 波が露出します。止まらなくても診断がつく ――これが ATP の大きな価値です。
心房粗動・心房細動はいずれも心房内で血栓ができうる不整脈 です。レートを下げることだけに気を取られず、抗凝固の適応(§6) を必ず同時に考えてください。
§ 5
PSVT の止め方
発作性上室頻拍は、房室結節を回路の一部に含む頻拍です。したがって房室結節の伝導を一瞬止めれば回路が切れて停止 します。段階的に強めていきます。
迷走神経刺激 … バルサルバ法が第一選択。修正バルサルバ法 (いきんだ直後に仰臥位+下肢挙上)は成功率が高いと報告されています。頸動脈洞マッサージは高齢者・頸動脈雑音がある例では避けます。
ATP(アデノシン三リン酸)急速静注 … 太い静脈から一気に投与し、直後に生食で強くフラッシュ 。半減期が数秒と極めて短いためです。
Ca 拮抗薬(ベラパミル・ジルチアゼム)/β遮断薬 … ATP が無効・再発する場合。心不全や wide QRS では慎重に、あるいは避ける 。
同期下カルディオバージョン … 薬剤無効例、または最初から不安定な場合。
ATP を使う前に必ず確認すること ・気管支喘息は禁忌 (気管支攣縮を起こしうる) ・投与直後に数秒の心停止・強い胸部不快 が起こる。患者に必ず事前説明 を ・モニター記録を回したまま 投与する(この記録が診断の決め手になる) ・除細動器をベッドサイドに用意 してから行う
§ 6
心房細動はレートだけ見ない
心電図の特徴は明快です。P 波がない・基線が細かく揺れる(f 波)・RR が絶対不整 。この3つが揃えば心房細動です。
管理では3つを並行して考えます。
CHADS₂ スコア(各1点、脳梗塞/TIA既往のみ2点)
C Congestive heart failure 心不全
H Hypertension 高血圧
A Age ≥ 75 75歳以上
D Diabetes 糖尿病
S₂ Stroke / TIA 既往 (2点)
発症から48時間を超える(または発症時刻が不明な)心房細動を、そのまま除細動してはいけません。 心房内にできた血栓が飛び、脳梗塞を起こしうるためです。3週間の抗凝固、または経食道心エコーでの血栓除外 を経てから洞調律化し、その後も4週間以上は抗凝固を続けます。 ※ ただし血行動態が不安定な場合は例外 で、命を優先して直ちに除細動します。
WPW 症候群に心房細動を合併した場合は別物です。 ジギタリス・Ca 拮抗薬・ATP など房室結節を抑える薬は禁忌 で、心室細動を誘発しうる危険があります。詳しくは第7章。
§ 7
Wide QRS 頻拍は迷ったら VT
幅広の頻拍を見たときの鑑別は主に2つ。心室頻拍(VT) か、上室性頻拍+脚ブロック/変行伝導 かです。臨床では次の材料で VT らしさを判断します。
血行動態が安定していることは、VT を否定する根拠になりません。 「血圧が保たれているから SVT だろう」は誤りです。若年者や心機能が保たれた患者では、VT でもしばらく血圧を維持できます。
対応
不安定 → 同期下カルディオバージョン(脈がなければ非同期除細動+ CPR)
安定した単形性 VT → 抗不整脈薬(アミオダロンなど)を検討しつつ、循環器へ即コンサルト
可逆的原因の検索 → 虚血・電解質(K・Mg)・薬剤・低酸素
多形性 VT(torsades) → 硫酸マグネシウム、QT 延長薬の中止(第7章)
wide QRS 頻拍にベラパミルを投与しない。 VT だった場合、血管拡張と陰性変力作用で血圧が急落し、心停止に至った報告があります。診断が確定していない wide QRS 頻拍では選択肢に入れないでください。
§ 8
症例で確認
72歳男性。2時間前からの動悸で救急外来を受診。意識清明、血圧 138/82、SpO₂ 97%(室内気)、胸痛なし、呼吸困難なし。 心電図:心拍数 148/分、RR は規則的、QRS 幅 0.08 秒 。明らかな P 波は見えない。 研修医は「PSVT だと思います。ATP を準備します」と言っている。
1 まず順番を確認する
血行動態: 意識清明・血圧保持・胸痛なし・心不全徴候なし → 安定 。ここで初めて鑑別に進んでよい状況です。QRS 幅: 0.08 秒 → narrow 。上室性と考えてよい。RR: 規則的。 ここまでで「narrow・regular・約150/分」に絞られました。
2 148/分 という数字に引っかかる
narrow・regular の鑑別は 洞頻脈/PSVT/心房粗動 2:1 の3つ。 ・洞頻脈 :72歳で 148/分の洞頻脈はかなり速く、しかも P 波が見えない点が合いません。 ・PSVT :ありえます。 ・心房粗動 2:1 :心房 300/分 ÷ 2 = 150/分 。148 という 150 にほぼ一致する規則的な値は、粗動を強く示唆する古典的な手がかり です。 II・III・aVF を注意深く見ると、QRS の間に隠れた鋸歯状の F 波 が見えることがあります。見えなければ、次の一手で炙り出します。
3 ATP をどう使うか、そして抗凝固
研修医の「ATP を準備」という判断自体は間違いではありません。ただし
目的が変わります 。
PSVT なら ATP で
停止 しますが、心房粗動なら
停止せず、房室伝導が一時的に落ちて F 波が露出 します。どちらでも情報が得られるので、
モニター記録を回したまま 投与するのが要点です。
投与前に
喘息の既往を確認 し、
数秒間の胸部不快と心停止感を患者に説明 し、
除細動器をベッドサイドに用意 します。
そして忘れられやすいのがここです ――
心房粗動と判明したら、抗凝固の適応を評価する 。72歳(+高血圧・糖尿病・心不全・脳梗塞既往があればさらに)でスコアを計算し、レート調節と並行して抗凝固を検討します。発症から48時間を超えていれば、安易に洞調律へ戻してはいけません。
✅ 安定 → narrow・regular・約150/分 → 心房粗動 2:1 を第一に疑う。 ATP は止める薬であると同時に、診断する薬 。そして粗動・細動と分かった時点で、レートだけでなく抗凝固と発症時刻 を必ずセットで考える。
この章の要点
頻拍を見たらまず血行動態 。不安定なら診断を待たず同期下カルディオバージョン 。
安定なら QRS 幅 で二分。narrow=上室性、wide=まず VT を疑う 。
narrow・regular・150前後 なら心房粗動 2:1 を第一に考える。
ATP は止める薬であり、診断する薬 。喘息は禁忌、モニター記録を回したまま投与。
心房細動は P なし・f 波・RR 絶対不整 。レート・リズム・抗凝固 の3本柱で考える。
発症48時間超/不明の AF は、血栓評価なしに除細動しない (不安定例を除く)。
wide QRS 頻拍にベラパミルを使わない 。血圧が保たれていても VT は否定できない。
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