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第 8 章 ・ 統合

当直での判読フロー

主訴ごとに心電図をどう使うか/即座に人を呼ぶ所見/異常なし、と言う前に確認すること。

ここまでの7章は、心電図という紙の上の話でした。ここからは当直室での判断につなぎます。当直で本当に問われるのは診断名ではなく、たった2つ ―― 今すぐ人を呼ぶかこの患者を帰してよいかです。
§ 1

心電図を撮る前に、患者を見る

心電図はあくまで検査です。検査より先に患者の状態を把握する――当たり前ですが、モニターの波形に見入って患者を見ていない場面は実際に起こります。

モニター心電図で診断を確定しないでください。モニターは1〜2誘導しか見ておらず、体動や電極のずれで容易に波形が乱れます。モニターで VT のように見えるなら、患者を確認しつつ12誘導を撮る。逆に、モニターで異常がなくても症状があれば12誘導を撮ります。
§ 2

主訴別に心電図で何を探すか

同じ12誘導でも、主訴によって探しに行くものが違います。あてもなく眺めるのではなく、狙いを持って見ます。

主訴まず探すもの次に考えるもの
胸痛ST 上昇(誘導のまとまり・対側性変化)ST 低下・陰性 T、後壁・de Winter・Wellens、下壁ならV3R/V4R、大動脈解離・肺塞栓の可能性(第6章)
動悸レートと QRS 幅と規則性発作が止まっていればδ波(WPW)・QTc・PVCを探す(第4・7章)
失神徐脈・伝導障害(Mobitz II、完全ブロック)QTc 延長・Brugada・δ波・異常 Q 波・肥大所見。心原性失神を示す所見はすべて(第5・7章)
意識障害・ショック致死性不整脈・高 K パターン虚血、電気的交互脈(タンポナーデ)、低体温の J 波(第7章)
呼吸困難洞頻脈、右心負荷所見肺塞栓(S1Q3T3・V1〜V4 陰性 T)、心不全の背景としての虚血・不整脈
電解質異常が疑われるT 波の形・QRS 幅・QT高K・低K・低Ca(第7章)
失神は心電図を撮る理由が最も強い主訴迷走神経反射性失神が多いのは事実だが、心原性失神は突然死の前触れでありうる。失神で来院した患者に心電図を撮らない理由はない。
§ 3

見つけたら、その場で人を呼ぶ所見

迷わず上級医・循環器を呼ぶ所見
ST 上昇(STEMI)、および STEMI 等価所見(後壁・de Winter・aVR 上昇+広範 ST 低下)
wide QRS 頻拍(VT として扱う)
完全房室ブロックII 度 Mobitz II/症状のある高度徐脈
高 K パターン(テント状 T + P 消失 + QRS 幅延長)
QTc > 0.50 秒、とくに torsades を伴うもの
Brugada type 1(coved 型)+失神
WPW + 心房細動(幅広・不整・非常に速い)
低電位+電気的交互脈(心タンポナーデ)
⑨ 虚血症状を伴う新規または新規かどうか不明の左脚ブロック
確信が持てないから呼べない、は逆です。確信が持てないときこそ呼ぶ。上級医を呼んで空振りだったときの損失と、呼ばずに見逃したときの損失は、まったく釣り合いません。心電図の判断に自信がないことは、コンサルトを控える理由になりません。
§ 4

異常なし、と言う前に

心電図を正常と判断する前に、次の4点を確認してください。ここを飛ばすと、存在しない異常を作り出したり、本物の異常を消したりします。

確認見落とすと
① 記録条件
25 mm/秒・10 mm/mV か
紙送りや感度が違えば、測った間隔も振幅もすべて意味が変わる(第1章)
② 電極の位置
aVR の P は陰性か
左右の付け間違いで、存在しない異常軸や異常 Q 波が出現する
③ アーチファクト
体動・振戦・筋電図
震えによる基線の揺れが心房細動や VT に見えることがある。患者を見れば分かる
④ 症状が続いているか胸痛が続いているなら、初回正常でも15〜30分後に再検(第6章)

そして、最も価値のある一手

前回の心電図を探す異常か正常かより変化したかのほうが強い情報。電子カルテから過去の1枚を引き出すだけで、判断が反転することがある。

たとえば ―― 陰性 T 波が以前からあるなら経過観察でよく、今日はじめて出たなら虚血を強く疑います。左脚ブロックが「5年前からある」なら慌てる必要はなく、「新規」なら緊急性が上がります。同じ波形が、比較の有無で意味を変えます。

§ 5

帰してよいか(disposition の判断)

当直の最後の関門です。心電図が正常であっても帰せない患者がいます。

帰宅させる場合も、必ず戻ってくる条件を具体的に伝えてください。「また何かあったら」ではなく、「胸の痛みが5分以上続いたら」「意識が遠のいたら」「動悸で気分が悪くなったら」のように、患者が判断できる形で。そして次の受診(循環器外来)を必ず手配してから帰します。
§ 6

症例で確認

28歳男性。深夜、動悸で受診。「30分ほど胸がバクバクして、立ち上がったときに目の前が真っ暗になって一瞬倒れた」という。同僚が付き添っている。
来院時には動悸はすでに止まっており、血圧 124/76、脈拍 72/分、意識清明、胸痛なし。身体所見に異常なし。既往なし、内服なし。
心電図(発作が止まった後):洞調律 72/分、規則的。PR 間隔 0.10 秒QRS 幅 0.13 秒で、立ち上がりがなだらかに始まっている。ST-T に明らかな異常なし。QTc 0.42 秒。
研修医は「今は落ち着いていますし、若いので過換気か何かでしょう。明日かかりつけを受診するよう伝えて帰宅とします」と言っている。
1心電図を手順どおり測る
第2章の5点法で測ります。
Rate:72/分、正常。
Rhythm:洞調律、規則的。
Axis:異常の記載なし。
Interval:ここに答えがあります。
PR 0.10 秒 → 短縮(正常は 0.12〜0.20 秒)
QRS 0.13 秒 → 延長(正常は 0.12 秒未満)
QRS の立ち上がりがなだらかδ波
ST-T:異常なし。

短い PR + δ波 + 幅広 QRS ――これは WPW 症候群です(第7章)。

注目すべきは、この3つはいずれも間隔を測ることでしか拾えないという点です。ST だけ見ていれば異常なしで終わっていました。
2「一瞬倒れた」の重み
WPW があるだけなら、無症状で経過する人も多くいます。この症例を別物にしているのは病歴です。
動悸に伴って失神(前失神)している。

これが意味するのは、その発作の間、脳への血流を保てなかったということです。単なる発作性上室頻拍でも起こりえますが、WPW を持つ患者では心房細動が副伝導路を通って極めて速く心室に伝わり、心室細動に移行しうるという経路が存在します(第7章)。

つまりこの患者は症状のある WPWであり、リスク評価が必要な状態です。年齢が若いことは安心材料になりません ―― むしろ WPW 関連の突然死は若年者で問題になります

第5章の失神、第4章の頻拍、第7章の WPW がここで一点に集まります。
3当直医として何をするか
帰宅させる前提を捨てます。

① 循環器へ相談する。症状(失神)を伴う WPW は、リスク評価とカテーテルアブレーションの適応判断の対象です。深夜であっても、少なくとも「今夜どう管理するか」を相談します。
② モニター管理とする。発作が再燃する可能性があり、無監視で放置しない。
③ 発作時の禁忌薬をカルテに明記し、申し送る。ジギタリス・Ca 拮抗薬・ATP・β遮断薬。もし発作中に、幅広・不整・非常に速い頻拍で戻ってきたら、これらを使ってはいけないことをチーム全体で共有します。
④ 採血で電解質を確認し、他の失神の原因も並行して除外する。
⑤ 仮に帰宅可能と判断された場合でも、循環器外来を確実に予約し、運転や危険作業を当面控えるよう指導し、再受診の条件を具体的に伝える。

研修医の「若いので過換気でしょう」という判断は、年齢という最も弱い根拠で最も危険な可能性を除外しようとしたものでした。
症状(失神)を伴う WPW 症候群。帰宅させてはいけない。ST は正常で、PR・QRS・δ波という、測って初めて分かる所見だけが異常だった。当直で問われるのは診断名ではなく呼ぶか、帰すか――その判断は、5点法を最後まで踏むことと、病歴の重みを読むことから生まれる。
この章の要点
次のステップ
まとめ早見表正常値・判読手順・緊急所見を1ページに 鑑別アルゴリズム頻脈・徐脈・ST 変化を絞り込む当直リファレンス 第7章:見逃せない危険な心電図前の章に戻る
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