トップ講義一覧第7章
第 7 章 ・ 危険なサイン

見逃せない危険な心電図

QT 延長と torsades/Brugada/WPW と偽性 VT/高 K 血症/肺塞栓・タンポナーデ。

ここまでの章は診断するための章でした。ここに集めたのは、見つけた瞬間に手が止まり、人を呼ぶべき所見です。共通するのは、今の患者は落ち着いて見えるのに、次の瞬間に心停止しうるという点です。数は多くありませんが、すべて覚える価値があります
§ 1

QT 延長と torsades de pointes

QT が延びるということは、心筋が回復しきっていない時間が長いということです。その間に期外収縮が入ると(R on T/第3章)、多形性心室頻拍 ―― torsades de pointes(TdP) ―― に発展しえます。

≤ 0.44
秒(男性)
QTc 正常
≤ 0.46
秒(女性)
QTc 正常
> 0.50
TdP の危険域
原因具体例
電解質低 K・低 Mg・低 Ca(3つとも QT を延ばす)
薬剤抗不整脈薬(I a群・III群)、抗精神病薬・抗うつ薬マクロライド・キノロン系抗菌薬、制吐薬、抗真菌薬など
日常的に処方される薬が多い。併用で相加的に延長する
徐脈完全房室ブロックなど。QT は徐脈で延びる
先天性先天性 QT 延長症候群。若年での失神・突然死の家族歴が手がかり
その他くも膜下出血などの頭蓋内病変、低体温、心筋虚血
torsades de pointes を見たら
硫酸マグネシウムの静注(血清 Mg が正常でも有効とされる)
原因薬をすべて中止 ③ K・Mg を補正(K は高めの正常域を目標に)
④ 徐脈依存性ならペーシングやイソプロテレノールで心拍数を上げる(レートを上げると QT が短縮する)
血行動態が破綻したら直ちに除細動

そして予防が最大の治療です。QTc > 0.50 秒を見つけたら、TdP が起きる前に原因薬を止める。
§ 2

Brugada 症候群

器質的心疾患がないのに、心室細動による突然死を起こしうる遺伝性不整脈です。日本を含む東アジアの中年男性に多いことが知られています。

発熱時に所見が顕在化することがあります。そのため、発熱で受診した患者の心電図で偶然見つかることがあります。Brugada 型心電図がある患者では、発熱そのものが心室細動の誘因となるため、速やかな解熱が推奨されます。
拾い上げの鍵は病歴です。夜間や安静時の失神若年での突然死の家族歴があれば、心電図をよく見てください。無症状でも type 1 波形があれば循環器へ紹介します。
§ 3

WPW 症候群は薬を間違えると命に関わる

房室結節とは別に、心房と心室をつなぐ副伝導路(Kent 束)がある状態です。興奮が副伝導路を通って心室に先回りするため、特徴的な波形になります。

所見理由
PR 間隔が短い(< 0.12 秒)房室結節を迂回して先に心室へ届くため
δ(デルタ)波
QRS の立ち上がりがなだらか
心室筋を直接ゆっくり伝わる部分ができるため
QRS 幅が広いδ波の分だけ QRS が前に伸びる

WPW 自体は無症状のことも多いのですが、心房細動を合併したときに状況が一変します。

WPW + 心房細動(偽性心室頻拍)
心房細動の極めて速い興奮が、減衰させる機能を持たない副伝導路をそのまま通過して心室に届きます。その結果、幅広・不整・非常に速い(200/分を超えることも)頻拍となり、心室細動に移行しうる緊急事態になります。

禁忌の薬(房室結節を抑える薬)
・ジギタリス ・Ca 拮抗薬(ベラパミル・ジルチアゼム) ・ATP/アデノシン ・β遮断薬
これらは房室結節を抑えることで、かえって副伝導路へ興奮を集中させ、心室細動を誘発します。

対応:血行動態が不安定なら直ちに同期下カルディオバージョン。安定していれば副伝導路を抑える抗不整脈薬(プロカインアミド、ピルシカイニドなど)を循環器と相談のうえ使用します。
幅広・不整・とても速い頻拍を見たら WPW+AF を疑う第4章の、wide QRS にベラパミルを使わないという原則は、ここでも同じ結論になる。
§ 4

電解質異常の心電図

電解質・輸液ノートと直結する部分です。とくに高 K 血症は、心電図が「今どれくらい危ないか」を教えてくれる数少ない病態です。

① 正常 ② T 波尖鋭化 最初に出る変化 ③ P 消失・QRS 幅広 危険域 ④ sine wave 心停止直前
電解質心電図
高 K 血症① T 波の増高・尖鋭化(テント状 T) → ② P 波の平坦化・消失、PR 延長 → ③ QRS 幅の延長 → ④ sine wave(QRS と T が融合) → 心室細動・心停止
低 K 血症U 波の出現、T 波の平低化、ST 低下、QT(QU)延長 → TdP のリスク
高 Ca 血症QT 短縮
低 Ca 血症QT 延長(ST 部分が延びる)
心電図変化と血清 K 値は、きれいには対応しません。K 7 mEq/L でも心電図がほぼ正常な人もいれば、K 6 mEq/L で QRS が広がる人もいます(腎不全で慢性的に高い人は耐性がある一方、急速に上昇した場合は低い値でも危険)。「値が思ったほど高くないから大丈夫」と判断しないでください。心電図に変化があれば、それは緊急事態です。
高 K 血症で心電図変化があるときの初手
カルシウム製剤(グルコン酸カルシウムなど)を静注 ―― 心筋膜を安定化させ、不整脈を防ぐ。K の値そのものは下げないが、最優先で行う
グルコース+インスリン(GI 療法)、β₂刺激薬吸入 ―― K を細胞内へ移動させる(一時的)
体外へ除去 ―― 利尿薬、陽イオン交換樹脂、血液透析

①②は時間稼ぎで、③をしないと K は戻ってきます。原因(腎不全・薬剤・アシドーシス・組織崩壊)の是正も並行して。
§ 5

その他、拾っておきたい所見

病態心電図注意点
肺塞栓症洞頻脈が最も多いS1Q3T3(I の S 波、III の Q 波と陰性 T)、V1〜V4 の陰性 T、右脚ブロック、右軸偏位心電図正常でも否定できない。S1Q3T3 は有名だが出現頻度は高くない。疑ったら画像へ
心タンポナーデ低電位電気的交互脈(QRS の高さが1拍ごとに変わる)、洞頻脈電気的交互脈は心臓が心嚢液の中で揺れているため。緊急のエコーへ
たこつぼ症候群広範な ST 上昇 → 深い陰性 T と QT 延長へ移行STEMI と区別できない。冠動脈造影で除外するのが原則
低体温Osborn(J)波、徐脈、QT 延長復温が治療。心室細動を起こしやすく、刺激を最小限に
ジギタリス中毒盆状 ST 低下(効果の所見)、多彩な不整脈(心房頻拍+房室ブロックなど)低 K で中毒が増悪する。血中濃度と症状を併せて評価
低電位を見たら考えること:心嚢液貯留、高度肥満、気胸・肺気腫、粘液水腫、広範な心筋障害。タンポナーデは緊急なので、まずエコーを当てるのが安全です。
§ 6

症例で確認

70歳男性。維持透析中(週3回)。前回の透析を体調不良で欠席し、今日は「体がだるくて力が入らない」と家族に連れられて受診。
バイタル:血圧 142/80、脈拍 44/分、SpO₂ 97%、意識清明だが応答がやや緩慢。
心電図:P 波がはっきりしない。QRS 幅 0.16 秒と広い。T 波が幅の狭い尖った形で高い。心拍数 44/分。
採血は提出したが、結果まで 30 分かかると言われた。
研修医は「徐脈と QRS 幅延長があります。完全房室ブロックかもしれないので、採血結果を待ってから循環器に相談します」と言っている。
1この所見の組み合わせが指すもの
個々の所見を並べます。
T 波が幅狭く尖って高い(テント状 T)
P 波が消失
QRS 幅 0.16 秒と延長
徐脈 44/分

これは高 K 血症の進行パターンそのものです(§4 の ②→③)。
背景も完全に合致します ―― 維持透析患者が透析を1回飛ばした。K を体外に出す唯一の手段を失ったということです。

完全房室ブロックでは P 波は規則的に出ているはずです(第5章)。この症例では P が見えないのではなく消失している点が決定的に違います。
2採血結果を待ってよいか
待ってはいけません。
QRS 幅が広がっている段階は、次に sine wave、そして心室細動・心停止が来る段階です。この進行は数分単位で起こりえます。30 分の待機は許容できません。

ここが高 K 血症の重要な特徴です ―― 心電図が検査値より先に、そして十分に、危険を教えてくれる。心電図所見だけで治療を開始する根拠になります。

また前述のとおり、血清 K の数値と心電図変化は必ずしも比例しません。「結果を見てから重症度を判断する」という発想自体が、この病態には合いません。
3今すぐ何をするか
① モニター装着・静脈路確保・除細動器をベッドサイドへ。
② カルシウム製剤を静注する。心筋膜を安定化させ、致死性不整脈を防ぎます。数分で効き始めますが効果は一時的(30〜60分程度)で、K の値そのものは下がりません。それでも最優先です。
③ グルコース+インスリン(GI 療法)、必要に応じ β₂刺激薬吸入。K を細胞内へ移す時間稼ぎ。
④ 腎臓内科/透析室へ緊急連絡。この患者にとって根本治療は緊急透析です。①②③はすべて透析までのつなぎにすぎません。
⑤ 原因の確認。透析欠席に加えて、K を上げる薬(ACE 阻害薬/ARB、K 保持性利尿薬、NSAIDs、ST 合剤)、K の多い食事、アシドーシス、組織崩壊の有無。

なお徐脈に対してアトロピンを打っても解決しません。この徐脈は房室結節の問題ではなく高 K による心筋全体の伝導障害だからです。K を下げることが唯一の対処です。
高 K 血症(透析欠席が誘因)。テント状 T + P 波消失 + QRS 幅延長 + 徐脈は、心停止が近い段階のサイン。採血結果を待たず、心電図所見だけでカルシウム静注を開始し、緊急透析へつなぐ。P が消えていることが完全房室ブロックとの決定的な違い。
この章の要点
次のステップ
第8章:当直での判読フロー主訴ごとの心電図の使い方と緊急度の判断 第6章:虚血・梗塞の ECG前の章に戻る
免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載の数値・基準・薬剤の扱いは一般的な目安であり、実際の診療は各施設のプロトコルと患者の病態に従ってください。診断・治療の最終判断は必ず担当医師が行ってください。