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第 1 章 ・ 基礎

心電図の基礎

記録紙の1マスが持つ意味/12誘導はどこを見ているか/P・QRS・T が語ること/電気軸。すべての章の土台。

心電図が読めない大きな理由は、波形を覚えるべき絵柄として暗記しようとすることです。心電図は絵ではなく測定値です。1マスが何秒かを知り、どの誘導がどこを見ているかを知れば、あとは順番に測るだけで大半の異常は拾えます。計算らしい計算は出てきません。読むための前提を揃えます。
§ 1

心電図が見ているもの

心臓は収縮する前に必ず電気的に興奮します。この興奮は洞結節から始まり、心房 → 房室結節 → His束 → 脚 → Purkinje線維 → 心室筋へと順序よく伝わります。心電図はこの電気の流れを、体表に貼った電極から記録したものです。

ここから2つの大原則が出てきます。

この2つ目の原則が分かると、「なぜ aVR だけ全部下向きなのか」「なぜ V1 では R が小さく V5 で大きいのか」がすべて説明できます。波形を暗記する必要はありません。
§ 2

記録紙の1マスが持つ意味

標準の記録速度は 25 mm/秒、感度は 10 mm/mV です。この2つが決まれば、方眼紙のマス目がそのまま「秒」と「mV」の物差しになります。

横(時間) 紙送り 25 mm/秒 小マス 1 mm = 0.04 秒(40 ms) 大マス 5 mm = 0.20 秒(200 ms) 大マス 5 個 = 1.0 秒 縦(電位) 感度 10 mm/mV 小マス 1 mm = 0.1 mV 大マス 5 mm = 0.5 mV
0.04
小マス1個
(横)
0.20
大マス1個
(横)
0.1
mV
小マス1個
(縦)
記録条件を必ず確認してください。紙送りが 50 mm/秒 だと波形は横に間延びし、感度が 1/2 だと振幅が半分になります。心電図の左端か下端に「25mm/s 10mm/mV」と印字されているのが標準です。ここが違えば、測った値はすべて意味が変わります。
§ 3

12誘導は12方向からの視線

12誘導とは、12個の電極ではなく12通りの見る方向です。同じ心臓の同じ興奮を、12の角度から撮った写真だと考えてください。

そして、隣り合う誘導は心臓の同じ壁を見ています。この対応が第6章の責任血管の推定にそのまま直結します。

誘導グループ見ている壁主に対応する冠動脈
II・III・aVF下壁右冠動脈(RCA)/時に左回旋枝
V1・V2中隔左前下行枝(LAD)中隔枝
V3・V4前壁左前下行枝(LAD)
I・aVL・V5・V6側壁左回旋枝(LCX)/対角枝
aVR(他と反対向きの特殊な誘導)— ※上昇の意味は第6章
aVR がいつも下向きなのは正常です。aVR だけは右肩から心臓を見ており、他の誘導と視線が逆だからです。逆に言えば aVR で P 波が陽性なら、電極の付け間違い(左右の取り違え)を疑うのが定石です。
§ 4

基本波形と正常値

1拍の中に出てくる波は、それぞれ心臓のどの段階かに対応しています。

P R Q S T PR間隔 QRS QT間隔
波・間隔意味正常値
P 波心房の脱分極(興奮)幅 < 0.12 秒、高さ < 0.25 mV
II で陽性・aVR で陰性が洞調律の条件
PR 間隔心房の興奮開始から心室の興奮開始まで
= 房室結節を通過する時間
0.12 〜 0.20 秒
(小マス 3〜5 個)
QRS 波心室の脱分極< 0.12 秒
(小マス 3 個未満)
ST 部分心室が全体として興奮しきっている時間基線と同じ高さ
上昇・低下は第6章
T 波心室の再分極(興奮からの回復)QRS と同じ向きが原則
V1 と III の陰性 T は正常のことあり
QT 間隔心室の興奮開始から回復完了まで心拍数で補正して評価
QTc は第2章
「Q 波」と「異常 Q 波」は別物です。小さな Q 波(幅 < 0.04 秒・深さが同誘導 R 波の 1/4 未満)は中隔の正常な興奮で、健常者にも見られます。幅と深さが基準を超えたものだけを異常 Q 波=陳旧性心筋梗塞の痕跡として扱います(第6章)。
§ 5

電気軸は心室興奮の全体としての向き

心室が興奮するとき、無数の電流を全部足し合わせた平均のベクトルがどちらを向いているか。それが電気軸です。正常はおおむね −30° 〜 +90°(施設により −30°〜+100° とすることも)。

細かい角度計算は不要です。当直では I 誘導と aVF 誘導の QRS の向きだけで足ります。

I 誘導aVF 誘導判定代表的な原因
上向き ↑上向き ↑正常軸
上向き ↑下向き ↓左軸偏位左脚前枝ブロック・左室肥大・下壁梗塞
下向き ↓上向き ↑右軸偏位右室肥大・肺塞栓・COPD・左脚後枝ブロック
下向き ↓下向き ↓北西軸
(高度軸偏位)
電極の付け間違い・重症心疾患・心室調律
覚え方:I と aVF が両方上向きなら正常。ここから外れたときだけ原因を考えれば十分です。軸偏位そのものは緊急所見ではありませんが、なぜズレたかが病態を教えてくれる手がかりになります。
両方とも下向き(北西軸)を見たら、まず電極の付け間違いを疑ってください。左右の手の電極を入れ替えると、I 誘導が反転し aVR が陽性化します。真の北西軸はまれです。
§ 6

症例で確認

68歳男性。無症状。健診の心電図で「精査を」と言われて受診した。記録条件は 25 mm/秒・10 mm/mV
波形を見ると、RR 間隔は大マスちょうど 4 個で一定。P 波は II 誘導で陽性、aVR で陰性。PR 間隔は小マス 6 個QRS 幅は小マス 2 個。ST は基線上にある。
1心拍数を求める
大マス1個 = 0.20 秒なので、大マス5個で1秒。ここから 300 ÷ 大マス数 という式が出ます。
心拍数 = 300 ÷ RR間隔の大マス数 = 300 ÷ 4 = 75 回/分
正常範囲(50〜100)です。RR 間隔が一定なので
2調律と PR 間隔を評価する
P 波が II で陽性・aVR で陰性で、各 QRS の前に一定の間隔で存在する → 洞調律です。
PR 間隔を秒に直します。
PR = 小マス 6 個 × 0.04 秒 = 0.24 秒
正常上限は 0.20 秒なので 延長しています。ただし P 波はすべて QRS に続いており、脱落はありません。
I 度房室ブロックです(第5章)。
3QRS 幅と結論
QRS = 小マス 2 個 × 0.04 秒 = 0.08 秒 → 正常(0.12 秒未満)。心室内の伝導は保たれています。
ST も基線上で、虚血を示す所見はありません。
I 度房室ブロックは房室結節の伝導が遅いだけで、興奮は必ず心室に届いています。無症状で他に所見がなければ、それ自体は治療対象になりません。ただし原因(加齢・薬剤・電解質・虚血・スポーツ心臓など)の確認と、経過での進行の有無は見ておきます。
洞調律 75/分、I 度房室ブロック(PR 0.24 秒)、QRS 幅正常。記録条件を確認し、マス目を秒に直すだけでここまで言い切れる。「読む」の前に「測る」――これが心電図判読の出発点。
この章の要点
次のステップ
第2章:系統的判読の型(5点法)Rate→Rhythm→Axis→Interval→ST-T の手順 講義一覧に戻る章の一覧
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