トップ講義一覧第6章
第 6 章 ・ 虚血

虚血・梗塞の ECG

ST 上昇の基準/誘導から責任血管を読む/対側性変化/見逃されやすい STEMI 等価所見。

胸痛の患者で心電図を撮る目的は、今すぐカテーテル室へ運ぶ人を見つけることです。ST が明らかに上がっていれば誰でも気づきます。問題は、ST が上がっていないのに閉塞している症例と、上がっているように見えて閉塞していない症例です。その両方を仕分けます。
§ 1

虚血の心電図は時間とともに動く

冠動脈が閉塞してからの心電図変化には順序があります。1枚の心電図は、この動画の1コマにすぎません。

① 超急性期 T 波増高・尖鋭化 ② 急性期 ST 上昇(凸型) ③ 亜急性期以降 異常 Q 波・陰性 T
時期心電図臨床的意味
超急性期
発症〜数十分
T 波の増高・尖鋭化(hyperacute T)最も早く出るが、最も見逃される。この時点で気づければ理想的
急性期
数十分〜数時間
ST 上昇(しばしば凸型)STEMI。再灌流療法の対象
亜急性期
数時間〜数日
異常 Q 波の出現、T 波の陰転、ST は徐々に低下壊死が完成しつつある
陳旧性異常 Q 波が残る、ST は基線に戻る過去の梗塞の痕跡
1枚で分からなければ、時間を空けてもう1枚胸痛が続いているのに初回心電図が正常なら、15〜30分後に再検する。変化したかどうかが最大の情報になる。
§ 2

ST 上昇の基準

ST の高さは J 点(QRS の終わりと ST の始まりの接点)で測ります。そして隣り合う2誘導以上で満たすことが条件です。

誘導ST 上昇の基準(J 点で)
V2・V3男性 40歳以上:≥ 2.0 mm
男性 40歳未満:≥ 2.5 mm
女性:≥ 1.5 mm
その他すべての誘導≥ 1.0 mm
V2・V3 だけ基準が厳しいのはなぜか。この2誘導は健常者でも生理的に ST がやや高いことが多く、1 mm を基準にすると偽陽性が増えるためです。年齢・性別で差があるのも同じ理由です。

出典:Thygesen K, et al. Fourth universal definition of myocardial infarction (2018). Eur Heart J. 2019;40(3):237-269.

基準を満たさない ST 上昇=正常、ではありません。基準はあくまで統計的な線引きです。症状・経過・対側性変化・前回心電図との比較を合わせて判断します。強い胸痛が続いていれば、基準未満でも循環器に相談する価値があります。
§ 3

誘導から責任血管を推定する

第1章の誘導と壁の対応が、ここで直接役に立ちます。ST が上がっている誘導のまとまりが、詰まっている血管を教えてくれます。

ST 上昇の誘導梗塞部位責任血管追加で撮るもの
II・III・aVF下壁右冠動脈(RCA)が多い
左回旋枝のことも
V3R・V4R(右室梗塞、§6)
V1・V2中隔左前下行枝(LAD)中隔枝
V3・V4前壁左前下行枝(LAD)
V1〜V4 が広範に前壁中隔LAD 近位部広範
I・aVL・V5・V6側壁左回旋枝(LCX)/対角枝
V1〜V3 の ST「低下」
+ 高い R 波
後壁左回旋枝(LCX)/RCAV7・V8・V9(§5)
aVR の ST 上昇
+ 広範な ST 低下
左主幹部・多枝病変重症直ちに循環器へ
下壁梗塞を見たら、条件反射で2つ追加します。右側胸部誘導(V3R・V4R)で右室梗塞を確認、② 血圧と徐脈の評価(RCA は洞結節・房室結節を養うため、徐脈や房室ブロックを伴いやすい/第5章)。この2つを習慣にするだけで、危険な取り違えを大きく減らせます。
§ 4

対側性変化(reciprocal change)

心臓のある壁で ST が上がると、反対側から見ている誘導では ST が下がって見えます。同じ現象を裏から見ているだけです。

ST 上昇対側性 ST 低下が出る誘導
下壁(II・III・aVF)I・aVL
前壁(V1〜V4)II・III・aVF
側壁(I・aVL)II・III・aVF
対側性変化があれば、その ST 上昇は本物らしい逆に、全誘導でびまん性に ST が上がり、対側性変化がないなら、心膜炎や早期再分極を考える。
STEMI急性心膜炎早期再分極
ST の形凸型(上に膨らむ)のことが多い凹型凹型・J 点にノッチ
分布解剖学的なまとまりびまん性(広範な誘導)V2〜V5 中心
対側性変化ありなし
(aVR の ST 低下を除く)
なし
PR 部分変化なしPR 低下(特徴的)変化なし
経過数時間で動く数日かけて変化変化しない
迷ったら STEMI として扱ってください。心膜炎だと思って再灌流の機会を逃す損失は、STEMI を疑って循環器に相談する手間よりはるかに大きい。鑑別に自信が持てないことは、コンサルトしない理由になりません。
§ 5

ST が上がらない虚血、見逃してはいけない4つ

ST 上昇がないから STEMI ではない、で終わらせると、閉塞しているのに再灌流されない患者が生まれます。以下は代表的な落とし穴です。

① 後壁梗塞

後壁を直接見ている誘導は12誘導にありません。そのため V1〜V3 に鏡像として現れます

V1〜V3 の ST 低下を見たら、それを前壁の虚血と決めつけずに V7・V8・V9(背部の誘導)を追加してください。そこで ST 上昇(≥ 0.5 mm)が確認できれば、後壁 STEMI = 再灌流の適応です。

② de Winter T 波

胸部誘導で J 点の ST が上向きに低下(upsloping ST depression)し、そこから背の高い左右対称の T 波が立ち上がるパターン。ST は上がっていませんが、LAD 近位部閉塞に相当する所見とされ、STEMI と同じ扱いをします。

③ Wellens 症候群

胸痛が消えている時期に、V2・V3 を中心として 深く対称性に陰転した T 波、または 二相性の T 波が見られるもの。心筋逸脱酵素は正常か軽度上昇にとどまることもあります。

Wellens 症候群は、今は落ち着いているように見えるのが恐ろしい点です。その実態は LAD 近位部の高度狭窄であり、運動負荷試験は禁忌とされます。広範前壁梗塞に発展しうるため、速やかに循環器へ紹介して冠動脈造影を検討します。

④ 左脚ブロック(LBBB)に隠れる梗塞

LBBB があると心室の脱分極順序が変わり、もともと ST-T が二次的に変化しているため、虚血の判定が困難になります。Sgarbossa 基準が補助に使われます。

Sgarbossa 基準(いずれかを満たせば梗塞を示唆) ① QRS と同じ向きの ST 上昇 ≥ 1 mm (concordant) ② V1〜V3 で QRS と同じ向きの ST 低下 ≥ 1 mm ③ QRS と逆向きの ST 上昇 ≥ 5 mm (excessively discordant) ※ ③ は特異度が低く、修正版では S 波の深さとの比で評価する
「新規の LBBB = 即 STEMI」という古い教え方は現在では修正されています。ただし、虚血を疑う症状があり、新規または新規かどうか不明な LBBB がある場合は、緊急性の高い状況として循環器に相談すべきです。判断を1人で抱えないでください。

出典:Sgarbossa EB, et al. Electrocardiographic diagnosis of evolving acute myocardial infarction in the presence of left bundle-branch block. N Engl J Med. 1996;334(8):481-487.

§ 6

右室梗塞は治療そのものが危険になる

下壁梗塞(とくに RCA 近位部閉塞)では、右室の梗塞を高頻度に合併します。これを見落とすと、通常なら正しいはずの治療で患者を急変させます

右室梗塞では、硝酸薬・利尿薬・モルヒネで血圧が急落します。
障害された右室は自力で血液を送り出せず、前負荷(静脈還流)に強く依存しています。前負荷を減らす薬を投与すると、左室に届く血液が途絶えて循環が破綻します。

治療は輸液で前負荷を保つこと。生理食塩水などの細胞外液を負荷し、それでも血圧が保てなければ強心薬を検討します。もちろん再灌流療法が最優先です。
下壁 STEMI に硝酸薬を使う前に、右室梗塞を否定する「胸痛だからニトロ」という反射が、最も危険な場面。
§ 7

症例で確認

64歳男性。1時間前からの締めつけられるような前胸部痛と冷汗で救急搬送。既往に高血圧・喫煙 40 年。
来院時:血圧 104/68、脈拍 52/分、SpO₂ 97%(室内気)、意識清明。
心電図:II・III・aVF で ST 上昇 3 mmI・aVL で ST 低下
研修医が「下壁 STEMI ですね。胸痛が強いのでニトログリセリンを舌下投与します」と言ったところ、投与後まもなく血圧が 68/40 に低下し、患者は冷汗を強めた。
1心電図から読めていたこと
II・III・aVF の ST 上昇下壁 STEMI
I・aVL の ST 低下対側性変化。ST 上昇が本物であることを裏づけています。
責任血管は右冠動脈(RCA)が最も可能性が高い。

そして、来院時から2つの伏線がありました。
脈拍 52/分の徐脈 … RCA は洞結節・房室結節を養うため、下壁梗塞では徐脈・房室ブロックを伴いやすい(第5章)
血圧 104/68 とやや低め … 強い胸痛のわりに昇圧していない
2なぜニトロで血圧が落ちたのか
下壁 STEMI では、右室梗塞の合併を常に考えなければなりません。RCA 近位部が閉塞すると右室枝も巻き込まれるためです。
右室が障害されると、右室は受け取った血液を肺へ押し出す力を失い、前負荷(静脈還流量)に依存するようになります。
ニトログリセリンは静脈を拡張して前負荷を下げる薬です。前負荷に依存している心臓からその前負荷を奪えば、左室に届く血液が減り、心拍出量が急落します。
身体所見を取り直せば、頸静脈怒張があるのに肺野は清明という右室梗塞に特徴的な組み合わせが確認できるはずです。

確認すべきだった検査:V3R・V4R の右側胸部誘導。V4R で ST 上昇 ≥ 1 mm があれば右室梗塞と診断できました。
3今すべきこと
① 硝酸薬を中止する。追加投与は絶対に行わない。
② 細胞外液を急速輸液する。生理食塩水などで前負荷を回復させる。多くはこれで血圧が戻ります。
③ V3R・V4R を記録する。右室梗塞の確認。
④ 再灌流療法を最優先で進める。循環器へ緊急連絡し、PCI が可能な体制へ。根本治療は輸液ではなく閉塞した RCA を開けることです。
⑤ 徐脈・房室ブロックの監視。下壁梗塞では房室ブロックを合併しやすい。ただし多くは房室結節レベルでアトロピンが効きやすく一過性(第5章)。
⑥ モルヒネ・利尿薬も慎重に。いずれも前負荷を下げうるため、右室梗塞では同じ危険があります。
下壁 STEMI + 右室梗塞。硝酸薬による前負荷低下で血圧が破綻した。下壁 ST 上昇を見たら、ニトロを出す前に V3R・V4R と頸静脈を確認する。治療は輸液で前負荷を保ちつつ、最優先で再灌流。「胸痛だからニトロ」という反射が最も危険になる場面。
この章の要点
次のステップ
第7章:見逃せない危険な心電図QT 延長・Brugada・WPW・高K血症 第5章:徐脈・房室ブロック前の章に戻る
免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載の数値・基準・薬剤の扱いは一般的な目安であり、実際の診療は各施設のプロトコルと患者の病態に従ってください。診断・治療の最終判断は必ず担当医師が行ってください。