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第 5 章 ・ 不整脈

徐脈・房室ブロック

Wenckebach と Mobitz II の決定的な違い/完全房室ブロックと補充調律/ペーシングの適応。

徐脈で本当に問われるのは何度のブロックかではなく、このあと止まるかです。同じ II 度房室ブロックでも、経過を見てよいものと、ペースメーカーを準備すべきものがはっきり分かれます。その分岐点はブロックが起きている場所にあります。
§ 1

徐脈を見たら症状と可逆的原因を確認する

心拍数の数字そのものより、その徐脈が患者に何を起こしているかが先です。健康な運動選手の 45/分は放置してよく、80歳の 45/分で失神していれば緊急です。

症状のある徐脈(不安定)を示す所見
失神・前失神・めまい・意識障害/急性心不全/持続する胸痛/低血圧・ショック

アトロピン 0.5 mg 静注(3〜5分ごとに反復、総量 3 mg まで)
→ 無効なら 経皮ペーシング、および/または カテコラミン持続静注(ドパミン・アドレナリンなど)
循環器へ即コンサルト(経静脈ペーシングの準備)

同時に、薬や代謝の異常で起きた治せる徐脈でないかを必ず確認します。ここを見落とすとペースメーカーが不要な患者に侵襲的な処置をすることになります。

可逆的原因確認するもの
薬剤β遮断薬・Ca 拮抗薬(ジルチアゼム/ベラパミル)・ジギタリス・抗不整脈薬。点眼のβ遮断薬も忘れない
電解質高 K 血症(第7章)。腎不全・K 保持性利尿薬・ACE 阻害薬/ARB
内分泌・代謝甲状腺機能低下症、低体温
虚血下壁梗塞(右冠動脈は洞結節・房室結節を養う)→ 第6章
神経頭蓋内圧亢進(Cushing 現象:高血圧+徐脈+不規則呼吸)
アトロピンが効かない徐脈があります。アトロピンは房室結節の伝導を改善する薬です。ブロックが His 束より下(infranodal)にある Mobitz II や QRS 幅の広い完全房室ブロックでは効きにくく、洞調律だけが速くなってブロック比が悪化することさえあります。これらでは早期にペーシングへ切り替える準備をしてください。
§ 2

洞不全症候群(SSS)

洞結節そのものの機能低下、または洞結節から心房への伝導障害です。Rubenstein 分類が広く使われます。

内容特徴
I 型持続性の洞徐脈運動や発熱でも心拍数が上がらない(変時性不全)
II 型洞停止・洞房ブロックP 波ごと丸ごと欠落し、長い休止が生じる
III 型徐脈頻脈症候群心房細動などの頻拍が停止した直後に長い停止が生じ、失神を起こす
II 度房室ブロックとの見分け方:洞停止ではP 波ごと消えます。房室ブロックではP 波は出ているのに QRS だけが脱落します。消えているのは P か QRS か。それを見れば区別できます。
III 型(徐脈頻脈症候群)は治療がジレンマになります。頻拍を抑える薬が徐脈を悪化させ、徐脈を放置すると頻拍後の停止で失神するためです。ペースメーカー植込みのうえで抗不整脈薬・抗凝固を行うのが典型的な解決になります。循環器と早めに相談してください。
§ 3

房室ブロックの分類

分類心電図主なブロック部位危険度
I 度PR > 0.20 秒で一定。脱落なし房室結節無症状なら経過観察
II 度
Wenckebach

(Mobitz I)
PR が少しずつ延長し、ついに QRS が脱落房室結節低〜中多くは良性・可逆的
II 度
Mobitz II
PR は一定のまま、突然 QRS が脱落His 束以下
(infranodal)
完全ブロックへ進行しうる
III 度
(完全)
P と QRS が互いに無関係(房室解離)房室結節〜His 以下ペーシングの適応

Wenckebach は PR が延びて落ちる

II 度 Wenckebach(Mobitz I) PR 短 PR 中 PR 長 P のみ・QRS 脱落

Mobitz II は何の前触れもなく落ちる

II 度 Mobitz II PR 一定 PR 一定 PR 一定 突然の脱落
脱落の前に PR が延びていれば Wenckebach、延びていなければ Mobitz IIこの一点を確認する習慣が、当直での判断を分ける。
§ 4

なぜこの区別が決定的なのか

見た目はどちらも「時々 QRS が落ちる」だけです。しかし落ちている場所が違います

Mobitz II は経過観察の対象ではありません。無症状であっても、完全房室ブロックへの進行リスクを理由にペースメーカーの適応となります。当直で見つけたら、症状がなくてもモニター管理とし、循環器へ相談してください。
2:1 伝導のときは、実は分類できません。P が2つに1つしか通らない状態では、連続して伝導した PR を2つ並べて比較できないため、PR が延びているかどうかを判定できないからです。この場合は QRS 幅(広ければ infranodal を示唆)や他の部分での伝導様式、必要なら電気生理学的検査で判断します。「2:1 だから Wenckebach でしょう」とは言えません。
§ 5

III 度(完全)房室ブロックと補充調律

心房から心室へ興奮がまったく伝わらない状態です。心房は洞結節のペースで、心室はブロック部位より下から出る補充調律のペースで、それぞれ勝手に動きます(房室解離)。

心電図では、P 波の間隔は一定・QRS の間隔も一定・しかし両者に関係がないという形になります。PR 間隔が拍ごとにバラバラに見えるのが特徴です。

補充調律の出どころレートQRS 幅安定性
房室接合部
(His 束より上)
40 〜 60 /分狭い比較的安定。アトロピンが効くことがある
心室
(His 束より下)
20 〜 40 /分広い不安定いつ止まってもおかしくない
QRS 幅が、そのまま危険度の指標になります。完全房室ブロックでQRS が広く、レートが 30/分台なら、補充調律は心室由来で不安定です。幅の狭い 50/分なら接合部由来で、比較的粘ります。心電図を見た瞬間にこの見当がつくと、動きの速さが変わります。
心筋梗塞に伴う房室ブロックは、部位で意味がまったく違います。
下壁梗塞(右冠動脈)… 房室結節の虚血・迷走神経反射による。アトロピンが効きやすく、多くは一過性で回復する。
前壁梗塞(左前下行枝)… 広範な心筋壊死が His-Purkinje 系に及んだ結果。予後不良のサインで、ペーシングが必要になることが多い。
同じ「完全房室ブロック」でも、どの梗塞に伴うかで緊急度が変わります(第6章)。
§ 6

ペーシングを考える状況

当直での現実的な流れは ① 可逆的原因を潰す(薬剤中止・高 K 補正) ② アトロピン ③ 経皮ペーシング/カテコラミン ④ 循環器コンサルトで経静脈ペーシング。恒久的ペースメーカーの適応判断は循環器の仕事ですが、「これはペーシングが要る種類だ」と気づくのは当直医の仕事です。
§ 7

症例で確認

78歳女性。自宅で意識消失し転倒、家族が発見して救急搬送。来院時は意識清明で、失神は「一瞬の出来事」だったという。胸痛なし。
既往:高血圧、心房細動。内服:ビソプロロール、アピキサバン、アムロジピン
バイタル:血圧 96/58、脈拍 38/分、SpO₂ 96%。
心電図:P 波は規則的に 78/分で出ている。QRS も規則的だが 38/分PR 間隔は拍ごとにバラバラで、一定しない。QRS 幅は 0.14 秒
研修医は「徐脈なのでアトロピンを打ちます」と言っている。
1この心電図は何を示しているか
材料を並べます。
P は 78/分で規則的(洞結節は正常に働いている)
QRS は 38/分で規則的
PR がバラバラ = P と QRS に関係がない

これは房室解離――すなわち III 度(完全)房室ブロックです。
さらに QRS 幅 0.14 秒(広い)+ レート 38/分 という組み合わせは、補充調律がHis 束より下(心室)から出ていることを示します。最も不安定なタイプです。
失神の原因はこれで説明がつきます。
2アトロピンでよいのか
アトロピンを投与すること自体は間違いではありませんが、効果は期待しにくく、それだけで終わってはいけません
アトロピンが作用するのは房室結節です。この症例のブロックはHis 束より下(QRS 幅が広いことがその証拠)にあるため、房室結節に働きかけても心室のレートは上がりません。洞調律だけが速くなり、状況が改善しないこともあります。
したがって、アトロピンを試すのと並行して
経皮ペーシングパッドを直ちに装着(貼るだけなら数十秒)
カテコラミン持続静注の準備
循環器へ即コンサルト(経静脈ペーシング)
を同時に進めます。
3可逆的原因を忘れない
同時に、治せる原因がないかを必ず確認します。この患者には明確な候補があります。
ビソプロロール(β遮断薬)アムロジピンを内服中 → 薬剤性の関与。腎機能低下や併用薬で血中濃度が上がっていないか
採血で K を確認 → 高 K 血症は徐脈と QRS 幅延長の両方を説明しうる(第7章)。アピキサバン内服=腎機能に注意が必要な背景でもある
甲状腺機能心筋逸脱酵素と心電図で虚血の評価(下壁梗塞の可能性)

ただし重要なのは順序ではなく並行であることです。原因検索の結果を待ってからペーシングを準備するのではなく、不安定な徐脈への対応を進めながら採血結果を待ちます。
そして、たとえ薬剤性が判明して被疑薬を中止しても、QRS 幅の広い完全房室ブロックである以上、恒久的ペースメーカーの適応評価は必要です。
III 度(完全)房室ブロック、心室補充調律(QRS 幅広・38/分)による失神。P と QRS が無関係=房室解離が診断の決め手。QRS が広い完全ブロックにアトロピンは効きにくい――経皮ペーシングと循環器コンサルトを並行させ、同時に薬剤性・高 K・虚血という可逆的原因を潰す。
この章の要点
次のステップ
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