トップ講義一覧第5章
第 5 章 ・ 慢性期

慢性期治療の4本柱

ARNI・β遮断薬・MRA・SGLT2阻害薬。それぞれが何をしているのか/なぜ「4剤を早期から」なのか/開始量と目標量。

ここからが心不全診療の本丸です。利尿薬は症状を取りますが、予後は変えません。命を延ばすのは、この章で扱う4剤です。そして近年の大きな変化は、1剤ずつ目標量まで上げてから次へ、ではなく、4剤を早期から少量ずつ立ち上げるという戦略の転換でした。
§ 1

なぜ薬で予後が変わるのか

心不全では、心拍出量の低下を補おうとして神経体液性因子が活性化します。交感神経系とレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)です。

これらは短期的には血圧と灌流を保つ味方ですが、長期的には心筋を傷め、線維化を進め、リモデリングを促進するになります。

心不全の慢性期治療とは
代償機構の行き過ぎを抑えることだから、血圧や症状がよくても薬を続ける。
症状を取る薬(利尿薬)と、予後を変える薬(4本柱)は役割が違う。
この理解があると、「血圧が低めなのになぜβ遮断薬を使うのか」「症状がないのになぜ薬を増やすのか」という疑問が自然に解けます。4本柱は症状を取るために使っているのではなく、心臓が壊れていく速度を落とすために使っています。
§ 2

4本柱(Fantastic 4)の役割

2025年改訂版ガイドラインでは、HFrEF に対して4剤すべてが Class I として推奨されています。作用機序が異なり、効果が足し算になるのが要点です。

薬剤群何を抑えているか特徴
① ARNI
(またはACE阻害薬/ARB)
RAAS を抑えつつ、
ナトリウム利尿ペプチドの分解を止める
ACE阻害薬より優れた成績。血管拡張・Na排泄を促す
② β遮断薬交感神経の過剰刺激心拍数を下げ、リモデリングを抑える。安定期に少量から
③ MRA
ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬
アルドステロン
(心筋線維化を促進)
利尿効果もあるが、本質は抗線維化。K保持的
④ SGLT2阻害薬(機序は完全には解明されていない)糖尿病の有無を問わず有効。腎保護作用もあり、導入が容易
SGLT2阻害薬は糖尿病の薬ではありません。心不全に対する適応を持ち、糖尿病がなくても予後改善効果が示されています。「この患者は糖尿病じゃないから」という理由で外さないでください。
§ 3

なぜ早期から4剤なのか

かつては1剤を目標量まで上げてから次の薬を追加するのが標準でした。しかし現在は、少量でもよいので4剤を早期に揃えるほうが望ましいと考えられています。理由は3つです。

理由 1
効果が早く出る
4剤の恩恵は投与開始から数週間で現れ始める。順番に上げていては数か月かかる。
理由 2
低用量でも効く
目標量の半分でも相当の効果が得られる。少量4剤は高用量1剤に勝る。
理由 3
脱落を防げる
1剤ずつ上げていると、結局最後まで揃わない患者が多く出る。退院後は特に。
高用量の1剤よりも、低用量の4剤まず4剤を揃える。増量はそのあとで、時間をかけて行う。
導入の順番に絶対の正解はありません。ただし実務的には、血圧を下げにくく、腎機能やKへの影響も少ない SGLT2阻害薬から始めるのが導入しやすいとされています。血圧に余裕があれば ARNI とβ遮断薬を、Kと腎機能に余裕があれば MRA を、というように患者の余力に合わせて順番を組み替えるのが現実的です。
§ 4

開始量と目標量

代表的な薬剤の用量です。いずれも少量から始め、忍容性を見ながら段階的に増やします。

① ARNI / ACE阻害薬・ARB

薬剤開始量目標量注意
サクビトリル/バルサルタン
(エンレスト)
50mg 1日2回200mg 1日2回
2〜4週ごとに段階的に増量
ACE阻害薬からの切替は36時間空ける(血管浮腫のリスク)
エナラプリル
(ACE阻害薬)
2.5mg/日5〜10mg/日空咳が出たらARBまたはARNIへ

② β遮断薬

薬剤開始量増量ステップ維持量
カルベジロール
(アーチスト)
1.25mg 1日2回
食後
1週間以上の間隔で
1.25 → 2.5 → 5 → 10mg
(いずれも1日2回)
2.5 〜 10mg 1日2回
ビソプロロール
(メインテート)
0.625mg 1日1回1〜2週ごとに漸増5mg 1日1回まで
β遮断薬はうっ血が取れた安定期に、少量から開始します。急性増悪の真っ最中に新規導入したり、増量したりしてはいけません。陰性変力作用で心拍出量をさらに下げ、増悪させます
一方で、すでに内服している患者が増悪したときに、反射的に中止するのも誤りです。血圧・灌流が保たれていれば継続、あるいは減量にとどめます。詳細は第6章で扱います。

③ MRA

薬剤開始量目標量注意
スピロノラクトン
(アルダクトンA)
12.5 〜 25mg/日25 〜 50mg/日女性化乳房(男性で数%)。出たらエプレレノンへ
エプレレノン
(セララ)
25mg 1日1回50mg 1日1回eGFR 30〜50 では25mg 隔日で開始し、25mg/日を超えない
MRA の開始条件を必ず確認してください。一般に K < 5.0 mEq/L かつ eGFR > 30 mL/分/1.73m² が目安です。開始後は1〜2週間で K と腎機能を再検します。ACE阻害薬・ARB・ARNI との併用で高K血症のリスクが上がります。

④ SGLT2阻害薬

薬剤用量特徴
ダパグリフロジン(フォシーガ)10mg 1日1回用量調整・漸増が不要。最初から目標量。
血圧・Kへの影響が小さく最も導入しやすい
エンパグリフロジン(ジャディアンス)10mg 1日1回
SGLT2阻害薬は増やす手間がないのが実務上の大きな利点です。他の3剤が漸増を要するのに対し、これは最初から目標量。だからこそ最初の1剤として選びやすいのです。
注意点は、シックデイには休薬(脱水・ケトアシドーシスの予防)、性器・尿路感染、まれに正常血糖ケトアシドーシス。導入時に患者へ説明しておきます。
§ 5

4本柱の外にあるもの

4剤で不十分な場合、あるいは特定の条件下では、次の選択肢が加わります。

治療位置づけ
イバブラジン洞調律で心拍数が下がりきらないとき(β遮断薬が最大耐用量でも高心拍)。心拍数だけを下げる
ベルイシグアト増悪を繰り返す HFrEF への追加選択肢
ジギタリス予後改善は示されていない。心房細動合併時の心拍数調整や症状緩和に限定的に
CRT(心室再同期療法)QRS 幅が広い(とくに左脚ブロック)低 EF 例。心電図で QRS 幅を測る
ICD致死性不整脈による突然死の予防
鉄補充鉄欠乏を伴う心不全で症状・QOL の改善が期待される
心不全で避けたい薬も覚えてください。NSAIDs(Na貯留・腎血流低下)、ピオグリタゾン(体液貯留)、一部のCa拮抗薬(ジルチアゼム・ベラパミルは陰性変力作用のため HFrEF では避ける)、クラスIの抗不整脈薬。第2章の増悪因子とあわせて確認します。
§ 6

症例で確認

62歳男性。拡張型心筋症による心不全で入院。利尿薬でうっ血が取れ、体重はドライウェイトに戻り、頸静脈怒張も消失した。現在 NYHA II 度。
LVEF 30%(HFrEF)。糖尿病はない。
現在の状態:血圧 102/64 mmHg、脈拍 78/分、四肢温かい。Cre 1.4 mg/dL(eGFR 42)K 5.1 mEq/L、Na 139 mEq/L。
内服はフロセミドのみ。研修医は「4本柱を全部始めます」と言っている。
1今このタイミングで導入してよいか
よいタイミングです。むしろ入院中に始めるべきです。
うっ血が取れている(ドライウェイト・頸静脈怒張消失) 灌流も保たれている(四肢温・NYHA II) = 安定期 → 4本柱の導入に適する
退院後の外来に先送りすると、結局揃わないまま時間が過ぎます(§3 理由3)。入院中は用量調整とモニタリングができる貴重な期間です。
24剤を全部同時に始めてよいか
この患者では、そのまま4剤同時は避けます。2つの制約があるからです。
K 5.1 mEq/L → MRA の開始基準(K < 5.0)を超えている eGFR 42   → MRA は開始可(>30)だが、エプレレノンなら減量が必要 血圧 102/64 → ARNI・β遮断薬で下がる余地が小さい
K 5.1 の状態で MRA を始めるのは危険です。まず K を下げる要因(腎機能、食事、併用薬)を確認し、K が 5.0 未満に落ち着いてから導入します。
3では、どの順で始めるか
制約の少ない薬から立ち上げます。
① SGLT2阻害薬(ダパグリフロジン10mg 1日1回)― 血圧もKもほとんど動かさず、漸増も不要。糖尿病がなくても適応がある。この患者の最初の1剤として最適
② β遮断薬(カルベジロール1.25mg 1日2回)― 安定期なので少量から開始できる。脈拍78なら余地がある。
③ ARNI(エンレスト50mg 1日2回)― 血圧102/64 なので慎重に。低用量から、血圧を見ながら。
④ MRAK が 5.0 未満に落ち着いてから。導入後1〜2週でKと腎機能を再検。
そのうえで、退院後の外来で時間をかけて増量していきます。
うっ血が取れた入院中が導入の好機。ただし4剤同時ではなく、制約の少ない薬から順に。
この患者では SGLT2阻害薬 → β遮断薬 → ARNI と立ち上げ、MRA は K 5.1 が是正されてから4剤を揃えることが目標、順番は患者の余力が決める。
この章の要点
次のステップ
第6章:導入の実際と落とし穴血圧が低い・腎機能が悪い・Kが高いときどうするか/増悪時に薬を止めるか 第4章に戻るうっ血と利尿薬 薬剤リファレンス4本柱と利尿薬の用量を一覧で
免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載の数値・基準・薬剤の用量はあくまで一般的な目安であり、実際の診療は各施設のプロトコルと患者の病態、および最新の添付文書に従ってください。診断・治療の最終判断は必ず担当医師が行ってください。