ここまでの4本柱は、主に HFrEF の話でした。しかし外来で出会う心不全のおよそ半分は HFpEF です。長らく、効く薬がないとされてきた領域ですが、状況は変わりました。HFpEF の実際と、心不全診療でほぼ必ず絡んでくる合併症を扱います。
§ 1
HFpEF とは何が起きている状態か
HFpEF(LVEF ≧ 50%)では、収縮は保たれているのに心不全になります。何が悪いのか。中心にあるのは左室が硬くて広がりにくいことです。
硬い左室に血液を入れるには高い圧が要ります。その圧が左房へ、肺静脈へと伝わり、肺うっ血を生みます。収縮は正常でも、うっ血は起こる――これが第1章の冒頭症例で見た現象です。
HFpEF = 収縮は足りているが
入れるのに高い圧が要る心臓だから安静時は無症状で、労作時・頻脈時にだけ症状が出ることが多い。
心拍数が上がると拡張の時間が削られ、いっそう入らなくなる。
HFpEF は除外診断に流れやすい点に注意してください。EF が正常で息切れがあると、貧血・肺疾患・脱条件・肥満などを考えて心不全から離れてしまいがちです。しかし背景(高齢・高血圧・心房細動・肥満)が揃い、うっ血の所見があれば HFpEF を積極的に疑うべきです。
HFpEF と決める前に、心アミロイドーシスを外してください。高齢で左室肥大があり、高血圧だけでは説明しにくい厚さの HFpEF は、
トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)の典型的な顔です。
第2章で扱った壁厚12mm以上・granular sparkling・apical sparing、心電図の低電位、手根管症候群の既往を確認してください。
治療が別にある病気なので、HFpEF の箱に入れて終わりにしないでください。
§ 2
HFpEF の治療は何が変わったか
HFpEF はながく、予後を改善する薬がない領域でした。しかし SGLT2阻害薬 が心不全増悪の抑制を示し、続いて非ステロイド型 MRA のフィネレノンが同じ方向の結果を出しました。現在の柱は次のとおりです。
柱 1
SGLT2阻害薬
EFを問わず心不全増悪を減らす。禁忌がなければ全例で検討する。
柱 2
MRA(フィネレノン)
心血管死と心不全イベントを減らす。2025年12月に慢性心不全の適応が追加された(下で詳しく)。
柱 3
うっ血の管理
利尿薬で症状を取る。ただし HFpEF はvolume の窓が狭い(後述)。
柱 4
併存疾患の治療
高血圧・心房細動・肥満・糖尿病・CKD・睡眠時無呼吸。ここが実質的な本体。
柱 5
減量と運動
運動耐容能と QOL を改善する。肥満があれば GLP-1 受容体作動薬も(下で詳しく)。
フィネレノン(ケレンディア)は非ステロイド型の MRA です。LVEF 40% 以上の心不全 6,001 例を対象とした FINEARTS-HF で、心血管死と心不全イベント(初回だけでなく再発も数える)を 16% 減らしました(rate ratio 0.84、95%CI 0.74〜0.95、p=0.007)。EF 60% 以上の群でも効果が一貫していたところが、それまでのステロイド型 MRA と違います。
出典:Solomon SD, et al. Finerenone in Heart Failure with Mildly Reduced or Preserved Ejection Fraction. N Engl J Med. 2024;391(16):1475-1485./日本循環器学会/日本心不全学会『2025年改訂版 心不全診療ガイドライン』2025年3月.
ステロイド型の MRA を、そのまま HFpEF に流用しないでください。スピロノラクトンは TOPCAT で主要評価項目を有意に改善できず、2026年3月に報告された SPIRIT-HF(730例)でも HFpEF・HFmrEF で有意差が出ませんでした。ただし SPIRIT-HF は COVID-19 の影響で登録が伸びず早期終了しており、否定しきれるだけの検出力がありません。HFpEF で臨床試験の裏づけがあるのはフィネレノン、スピロノラクトン・エプレレノンの出番はHFrEF の4本柱(第5章)のほうです。
肥満を伴う HFpEF では、減量そのものが治療になります。BMI 30 以上・LVEF 45% 以上の HFpEF を対象にした STEP-HFpEF(セマグルチド)、糖尿病を合併した例の STEP-HFpEF DM、チルゼパチドの SUMMIT が、いずれも症状と運動耐容能の改善を示しました。『2025年改訂版 心不全診療ガイドライン』は肥満を併存症として新しく立て、セマグルチドまたはチルゼパチドの投与を推奨クラス IIa としています。
ただし研修医が単独で出せる薬ではありません。国内でセマグルチド(ウゴービ)・チルゼパチド(ゼップバウンド)が持つ適応は
「肥満症」であって心不全ではなく、どちらも
最適使用推進ガイドラインの対象で、施設・医師・管理栄養士の体制要件があります。ここでの研修医の仕事は処方ではなく、
肥満を「背景」で終わらせずに、介入できる併存症として拾い上げて上級医につなぐことです。
出典:日本循環器学会/日本心不全学会『2025年改訂版 心不全診療ガイドライン』2025年3月.
HFpEF では利尿薬の窓が狭いことを覚えてください。硬い左室は、十分な充満圧がないと拍出できません。抜きすぎると、今度は心拍出量が落ちて血圧低下・腎機能悪化を招きます。HFrEF よりも慎重に、少量ずつ調整してください。
HFpEF の治療は、心臓の薬よりも併存疾患の管理が主戦場です。高血圧のコントロール、心房細動の心拍数・リズム管理、肥満への介入、睡眠時無呼吸の治療――これらが患者の症状と予後を最も動かします。心臓だけを見ていては HFpEF は良くなりません。
§ 3
HFmrEF はどちらに寄せるか
LVEF 41〜49% の HFmrEF は、名前のとおり中間群です。実務上の扱いはシンプルに考えて構いません。
HFmrEF は
おおむね HFrEF に準じて治療する4本柱の恩恵が期待できる群として扱う。
中間だから何もしない、が避けたい対応。
HFmrEF を見たら、必ずもとの EF を確認してください。第1章で扱ったとおり、もと HFrEF から改善した HFimpEF であれば、それは治療が効いている状態であり、薬は継続します。一方、もともと EF が保たれていた患者が低下してきた HFmrEF なら、原因検索(虚血・心筋症)が要ります。同じ 45% でも意味がまったく違います。
§ 4
心房細動と心不全は互いを悪化させる
心不全と心房細動は双方向に悪化させ合う関係にあります。心不全が心房を拡大させて心房細動を生み、心房細動が心不全を増悪させます。
対応の要点は3つです。
- 抗凝固療法… CHADS₂/CHA₂DS₂-VASc で評価。心不全そのものが危険因子(C)にあたる
2024年の欧州心房細動ガイドラインは性別の項目を外した CHA₂DS₂-VA(最高8点)に改めた。国内は CHADS₂・CHA₂DS₂-VASc が現役なので、どちらの版かを確かめて読む
- 心拍数の管理… β遮断薬が基本。ジギタリスを補助的に用いることがある
- リズムの管理… 心不全合併例ではカテーテルアブレーションにより予後・EF の改善が期待できる場合がある。循環器へ相談を
HFrEF に禁忌の心拍数調整薬があります。ジルチアゼム・ベラパミル(非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬)は
陰性変力作用があり、
HFrEF では避けます。心房細動の心拍数を下げたい一心で選んでしまいがちなので注意してください。心房細動そのものの判読と対応は
心電図判読ノート 第4章 へ。
§ 5
心腎連関と貧血
心不全患者の多くは腎機能障害を併せ持ちます。両者は独立した病気ではなく、互いに原因であり結果でもある関係です(心腎連関)。
心 → 腎
低心拍出による腎灌流低下
腎うっ血(静脈圧上昇が濾過を妨げる)
神経体液性因子の活性化
腎 → 心
体液貯留によるうっ血
電解質異常(K・Na)
貧血・尿毒症性物質
薬剤(RAAS阻害薬)の使用制限
2025年改訂版では、ステージAの危険因子に CKD が加えられました(第1章)。腎機能障害は心不全治療の障害であると同時に、心不全のリスク因子でもあるという位置づけです。SGLT2阻害薬が心・腎の両方を保護することは、この文脈でも重要です。
貧血・鉄欠乏も高頻度に合併します。貧血は心拍出量を増やす方向に働き、心臓の仕事を増やします。鉄欠乏を伴う心不全では、鉄補充により症状・運動耐容能・QOL の改善が期待できます。ヘモグロビンが正常でも鉄欠乏はありうるため、フェリチンとトランスフェリン飽和度を測ることを覚えておいてください。基準は フェリチン < 100 ng/mL、またはフェリチン 100〜299 かつ TSAT < 20% です。補充は経口ではなく静注で行います(経口鉄は心不全での有効性が示されていません)。ただし国内のカルボキシマルトース第二鉄の適応は「鉄欠乏性貧血」なので、貧血を伴わない鉄欠乏に使うときの扱いは上級医と確認してください。
§ 6
高齢者・フレイルで何を目標にするか
日本の心不全患者の大半は高齢者です。ここでは予後を延ばす以外の目標が前面に出てきます。
減塩は厳しいほどよいわけではありません。高齢者では過度の塩分制限が食欲低下・低栄養につながります。一般的な目安は 1日6g未満ですが、食べられなくなるくらいなら緩めるという判断が要ります。何のための治療かを見失わないでください。
§ 7
症例で確認
84歳女性。高血圧・2型糖尿病で通院中。BMI 29。
3日前から息切れが増悪し受診。脈拍 132/分・不整、血圧 156/94 mmHg、SpO₂ 91%(室内気)。頸静脈怒張あり、両下腿浮腫。
心電図:心房細動(頻脈性)。以前の記録では洞調律だった。
心エコー:LVEF 58%、左室肥大あり、左房拡大。
採血:BNP 620 pg/mL、Cre 1.3 mg/dL、K 4.4 mEq/L、Hb 10.2 g/dL。
研修医は「HFpEF の増悪です。利尿薬をしっかり入れて、心拍数を下げるためにベラパミルを使います」と言っている。
1この増悪の引き金は何か
新規発症の頻脈性心房細動です。以前は洞調律だったという記録が決定的です。
HFpEF の患者にとって、心房細動は二重の打撃になります。
① 心房収縮の消失 → 充満の20〜30%を失う
② 頻脈132/分 → 拡張期が短縮し、さらに入らない
(硬い左室ほど、拡張時間の短縮が効く)
第2章で学んだとおり、
増悪したら必ず引き金を探す。ここでは HFpEF の増悪で止まらず、
心房細動による HFpEF の増悪まで言えることが重要です。
引き金を断たなければ、利尿薬だけでは戻りません。
2ベラパミルを使ってよいか
この症例ではLVEF 58% と保たれているため、ベラパミル・ジルチアゼムが直ちに禁忌となるわけではありません。これらが避けられるのは主に HFrEF(EF低下例)です。
ただし判断を急がないでください。心不全の急性増悪の最中に陰性変力作用のある薬を使うことには、依然としてリスクがあります。
実務的には、β遮断薬による心拍数調整が第一選択になります。加えて、この患者は血行動態への影響が大きい頻脈であり、リズムを戻す選択(電気的・薬理学的除細動、将来的なアブレーション)も含めて循環器と相談すべき場面です。
EF を確認せずに Ca拮抗薬を選ぶ、という思考回路そのものが危険です。もしこの患者の EF が 30% だったら、ベラパミルは明確に避けるべき薬でした。
3利尿薬と、その先の管理
利尿薬は使いますが、しっかりではなく慎重に。HFpEF は volume の窓が狭く、抜きすぎると充満圧が落ちて心拍出量が低下します。少量から始め、頸静脈・体重・腎機能を見ながら調整します。
そのうえで、
この患者に本当に必要なのは併存疾患の管理です。
心房細動 → 心拍数/リズム管理+抗凝固療法の適応評価
高血圧 → コントロール強化
糖尿病・肥満 → SGLT2阻害薬(HFpEFにも推奨、糖尿病にも有効)
Hb 10.2 → 鉄欠乏の評価(フェリチン・TSAT)
心不全は心房細動の危険因子(CHADS₂ の C)にあたるため、
抗凝固の適応は積極的に評価します。
✅ 頻脈性心房細動を引き金とした HFpEF 増悪。利尿は慎重に、引き金である心房細動への対応が本体。
心拍数調整はβ遮断薬を第一に考え、抗凝固の適応を評価する。Ca拮抗薬を選ぶ前に必ず EF を確認する。そして HFpEF の長期管理は併存疾患(高血圧・肥満・糖尿病・貧血)が主戦場。
この章の要点
- HFpEF は入れるのに高い圧が要る心臓。収縮は足りていてもうっ血する。背景は高齢・高血圧・女性・肥満・糖尿病・心房細動・CKDで、揃っていれば積極的に疑う。
- HFpEF の薬は SGLT2阻害薬とフィネレノン(非ステロイド型 MRA、国内はクラス IIa)の2つ。あとはうっ血管理と併存疾患の治療が本体。利尿薬の窓が狭く、抜きすぎると充満圧が落ちて心拍出量が下がる。
- HFmrEF は HFrEF に準じて治療するが、推奨度は同じではない。強く推奨されるのは SGLT2 阻害薬で、ARNI・ACE 阻害薬・MRA・β遮断薬は一段弱い。もとの EF を必ず確認(HFimpEF かどうかで意味が変わる)。2026年の欧州ガイドラインでは HFmrEF は廃止され、HFrEF(50%未満)に統合された。
- 心房細動は心房収縮の消失と頻脈で心不全を悪化させる。HFpEF では影響が特に大きい。
- HFrEF ではジルチアゼム・ベラパミルを避ける。Ca拮抗薬を選ぶ前に必ず EF を確認する。
- 心腎連関:腎うっ血も腎機能を落とす。CKD は2025年版でステージAの危険因子に追加された。鉄欠乏はHb が正常でもありうるので、フェリチンとTSATを測る(フェリチン<100、または100〜299かつTSAT<20%。補充は静注)。
- 肥満を伴う HFpEF には GLP-1 受容体作動薬(セマグルチド・チルゼパチド)が国内クラス IIa。ただし適応は「肥満症」で体制要件がある。高齢・左室肥大の HFpEF では心アミロイドーシスを外す。ASV は中枢性優位の HFrEF には使わない。
- 高齢者ではQOL も治療目標。過度の減塩・安静はフレイルを招き、かえって害になる。
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