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第 7 章 ・ 慢性期

HFpEFと合併症

心不全の半数を占めるのに扱いが難しい HFpEF/HFmrEF はどちらに寄せるか/心房細動・心腎連関・高齢者とフレイル。

ここまでの4本柱は、主に HFrEF の話でした。しかし外来で出会う心不全のおよそ半分は HFpEF です。長らく、効く薬がないとされてきた領域ですが、状況は変わりました。HFpEF の実際と、心不全診療でほぼ必ず絡んでくる合併症を扱います。
§ 1

HFpEF とは何が起きている状態か

HFpEF(LVEF ≧ 50%)では、収縮は保たれているのに心不全になります。何が悪いのか。中心にあるのは左室が硬くて広がりにくいことです。

硬い左室に血液を入れるには高い圧が要ります。その圧が左房へ、肺静脈へと伝わり、肺うっ血を生みます。収縮は正常でも、うっ血は起こる――これが第1章の冒頭症例で見た現象です。

HFpEF = 収縮は足りているが
入れるのに高い圧が要る心臓だから安静時は無症状で、労作時・頻脈時にだけ症状が出ることが多い。
心拍数が上がると拡張の時間が削られ、いっそう入らなくなる。
背景として多いものなぜ HFpEF になるか
高齢加齢そのものが心筋・血管を硬くする
高血圧左室肥大 → 硬い左室
女性疫学的に HFpEF が多い
肥満・糖尿病全身の炎症・代謝異常が心筋の硬化に関与
心房細動心房収縮の消失と頻脈で、拡張期充満が大きく損なわれる
慢性腎臓病体液貯留と血管の硬化
HFpEF は除外診断に流れやすい点に注意してください。EF が正常で息切れがあると、貧血・肺疾患・脱条件・肥満などを考えて心不全から離れてしまいがちです。しかし背景(高齢・高血圧・心房細動・肥満)が揃い、うっ血の所見があれば HFpEF を積極的に疑うべきです。
§ 2

HFpEF の治療は何が変わったか

HFpEF はながく、予後を改善する薬がない領域でした。しかし SGLT2阻害薬 が心不全増悪の抑制を示し、状況が変わりました。現在の柱は次のとおりです。

柱 1
SGLT2阻害薬
EFを問わず心不全増悪を減らす。HFpEF で明確に推奨できる数少ない薬。
柱 2
うっ血の管理
利尿薬で症状を取る。ただし HFpEF はvolume の窓が狭い(後述)。
柱 3
併存疾患の治療
高血圧・心房細動・肥満・糖尿病・CKD・睡眠時無呼吸。ここが実質的な本体。
柱 4
運動と減量
運動耐容能と QOL の改善に寄与する。薬より効く場面がある
HFpEF では利尿薬の窓が狭いことを覚えてください。硬い左室は、十分な充満圧がないと拍出できません。抜きすぎると、今度は心拍出量が落ちて血圧低下・腎機能悪化を招きます。HFrEF よりも慎重に、少量ずつ調整してください。
HFpEF の治療は、心臓の薬よりも併存疾患の管理が主戦場です。高血圧のコントロール、心房細動の心拍数・リズム管理、肥満への介入、睡眠時無呼吸の治療――これらが患者の症状と予後を最も動かします。心臓だけを見ていては HFpEF は良くなりません。
§ 3

HFmrEF はどちらに寄せるか

LVEF 41〜49% の HFmrEF は、名前のとおり中間群です。実務上の扱いはシンプルに考えて構いません。

HFmrEF は
おおむね HFrEF に準じて治療する4本柱の恩恵が期待できる群として扱う。
中間だから何もしない、が避けたい対応。
HFmrEF を見たら、必ずもとの EF を確認してください。第1章で扱ったとおり、もと HFrEF から改善した HFimpEF であれば、それは治療が効いている状態であり、薬は継続します。一方、もともと EF が保たれていた患者が低下してきた HFmrEF なら、原因検索(虚血・心筋症)が要ります。同じ 45% でも意味がまったく違います。
§ 4

心房細動と心不全は互いを悪化させる

心不全と心房細動は双方向に悪化させ合う関係にあります。心不全が心房を拡大させて心房細動を生み、心房細動が心不全を増悪させます。

なぜ心不全が悪化するか内容
心房収縮の消失心室充満の 20〜30% を心房収縮が担う。HFpEF では影響が特に大きい
頻脈拡張期が短くなり充満が減る。持続すれば頻脈誘発性心筋症を起こす
RR 不整1拍ごとの拍出量が不安定になる

対応の要点は3つです。

HFrEF に禁忌の心拍数調整薬があります。ジルチアゼム・ベラパミル(非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬)は陰性変力作用があり、HFrEF では避けます。心房細動の心拍数を下げたい一心で選んでしまいがちなので注意してください。心房細動そのものの判読と対応は 心電図判読ノート 第4章 へ。
§ 5

心腎連関と貧血

心不全患者の多くは腎機能障害を併せ持ちます。両者は独立した病気ではなく、互いに原因であり結果でもある関係です(心腎連関)。

心 → 腎
低心拍出による腎灌流低下
腎うっ血(静脈圧上昇が濾過を妨げる)
神経体液性因子の活性化
腎 → 心
体液貯留によるうっ血
電解質異常(K・Na)
貧血・尿毒症性物質
薬剤(RAAS阻害薬)の使用制限
2025年改訂版では、ステージAの危険因子に CKD が加えられました(第1章)。腎機能障害は心不全治療の障害であると同時に、心不全のリスク因子でもあるという位置づけです。SGLT2阻害薬が心・腎の両方を保護することは、この文脈でも重要です。

貧血・鉄欠乏も高頻度に合併します。貧血は心拍出量を増やす方向に働き、心臓の仕事を増やします。鉄欠乏を伴う心不全では、鉄補充により症状・運動耐容能・QOL の改善が期待できます。ヘモグロビンが正常でも鉄欠乏はありうるため、フェリチンとトランスフェリン飽和度を測ることを覚えておいてください。

§ 6

高齢者・フレイルで何を目標にするか

日本の心不全患者の大半は高齢者です。ここでは予後を延ばす以外の目標が前面に出てきます。

論点考え方
ポリファーマシー4本柱を揃えると薬は増える。本当に必要でない薬を減らすことで、4本柱の余地をつくる
フレイル・サルコペニア過度の安静と減塩は低栄養と筋力低下を招く。厳格すぎる制限は害になりうる
認知機能・服薬管理飲めない処方は効かない。1日1回にまとめる・一包化・家族や訪問看護の関与
治療目標予後だけでなく QOL。2025年改訂版は治療目標にQOLの改善を明記した
減塩は厳しいほどよいわけではありません。高齢者では過度の塩分制限が食欲低下・低栄養につながります。一般的な目安は 1日6g未満ですが、食べられなくなるくらいなら緩めるという判断が要ります。何のための治療かを見失わないでください。
§ 7

症例で確認

84歳女性。高血圧・2型糖尿病で通院中。BMI 29。
3日前から息切れが増悪し受診。脈拍 132/分・不整、血圧 156/94 mmHg、SpO₂ 91%(室内気)。頸静脈怒張あり、両下腿浮腫。
心電図:心房細動(頻脈性)。以前の記録では洞調律だった。
心エコー:LVEF 58%、左室肥大あり、左房拡大。
採血:BNP 620 pg/mL、Cre 1.3 mg/dL、K 4.4 mEq/L、Hb 10.2 g/dL。
研修医は「HFpEF の増悪です。利尿薬をしっかり入れて、心拍数を下げるためにベラパミルを使います」と言っている。
1この増悪の引き金は何か
新規発症の頻脈性心房細動です。以前は洞調律だったという記録が決定的です。
HFpEF の患者にとって、心房細動は二重の打撃になります。
① 心房収縮の消失 → 充満の20〜30%を失う ② 頻脈132/分 → 拡張期が短縮し、さらに入らない   (硬い左室ほど、拡張時間の短縮が効く)
第2章で学んだとおり、増悪したら必ず引き金を探す。ここでは HFpEF の増悪で止まらず、心房細動による HFpEF の増悪まで言えることが重要です。引き金を断たなければ、利尿薬だけでは戻りません。
2ベラパミルを使ってよいか
この症例ではLVEF 58% と保たれているため、ベラパミル・ジルチアゼムが直ちに禁忌となるわけではありません。これらが避けられるのは主に HFrEF(EF低下例)です。
ただし判断を急がないでください。心不全の急性増悪の最中に陰性変力作用のある薬を使うことには、依然としてリスクがあります
実務的には、β遮断薬による心拍数調整が第一選択になります。加えて、この患者は血行動態への影響が大きい頻脈であり、リズムを戻す選択(電気的・薬理学的除細動、将来的なアブレーション)も含めて循環器と相談すべき場面です。
EF を確認せずに Ca拮抗薬を選ぶ、という思考回路そのものが危険です。もしこの患者の EF が 30% だったら、ベラパミルは明確に避けるべき薬でした。
3利尿薬と、その先の管理
利尿薬は使いますが、しっかりではなく慎重に。HFpEF は volume の窓が狭く、抜きすぎると充満圧が落ちて心拍出量が低下します。少量から始め、頸静脈・体重・腎機能を見ながら調整します。
そのうえで、この患者に本当に必要なのは併存疾患の管理です。
心房細動 → 心拍数/リズム管理+抗凝固療法の適応評価 高血圧  → コントロール強化 糖尿病・肥満 → SGLT2阻害薬(HFpEFにも推奨、糖尿病にも有効) Hb 10.2 → 鉄欠乏の評価(フェリチン・TSAT)
心不全は心房細動の危険因子(CHADS₂ の C)にあたるため、抗凝固の適応は積極的に評価します。
頻脈性心房細動を引き金とした HFpEF 増悪。利尿は慎重に、引き金である心房細動への対応が本体。
心拍数調整はβ遮断薬を第一に考え、抗凝固の適応を評価する。Ca拮抗薬を選ぶ前に必ず EF を確認する。そして HFpEF の長期管理は併存疾患(高血圧・肥満・糖尿病・貧血)が主戦場
この章の要点
次のステップ
第8章:退院・在宅・再入院予防体重モニタリング/増悪の早期サイン/在宅での評価/意思決定支援 第6章に戻る導入の実際と落とし穴 講義一覧に戻る章の一覧
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