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第 8 章 ・ 治療

治療を組み立てる

3つの軸から薬を決める順序/届かない場所/経口の吸収という関門/フォーカス別の代表例/量と間隔。

3つの軸が埋まりました。ここでようやく薬を決めます。順序を守ってきたなら、選択肢はすでにかなり絞られているはずです。この章で扱うのは、届くかどうかという最後の関門と、代表例をどう使うかです。薬剤名は代表例であって、正解ではありません。
§ 1

3つの軸から薬を決める順序

問い決まること
1フォーカスはどこか想定する菌/届く薬かどうか/治療期間
2耐性のリスクはどれだけあるかどこまで広くカバーするか
3重症度はどれくらいか速度/外すことをどこまで許容できないか
4その薬は施設で採用されているか実際に出せる薬
5腎機能・肝機能・体重・アレルギー投与量と間隔
1番を飛ばして2番から始めるのが、最も多い失敗です。「施設入所で耐性リスクがあるから広い薬」と考えると、広いけれど届かない薬を選ぶことがあります。冒頭のひっかけ症例がその形でした。
広さと、届くことは別の話です。
§ 2

届かない場所がある

第1章で触れた内容を、ここで詳しく扱います。血中濃度が十分でも届かない場所があります。

場所何が問題かどうするか
前立腺多くのβラクタムが十分に移行しないフルオロキノロン、ST合剤を選ぶ
髄液血液脳関門。移行する薬が限られる移行性のある薬を選び、髄膜炎量に増量する。通常量では足りない
骨・関節移行が悪く、治療が長期になる移行性と、数週間続けられるかで選ぶ
膿瘍の内部血流がなく、酸性で薬が働きにくいドレナージ。薬だけでは治らない
人工物・デバイスバイオフィルムの中の菌は生き残る抜去・交換を検討する
閉塞した胆道・尿路圧がかかって薬が届かないドレナージ(第7章)
下の3つは、抗菌薬の選択の問題ではありません。膿瘍・デバイス・閉塞は、薬を変えても解決しません。解熱しないときに薬をもう一段広げる前に、この3つがないかを必ず確認してください。広域抗菌薬を積み上げても、膿は減りません。

髄膜炎で「移行する薬を選んだから大丈夫」と考えるのも危険です。同じ薬でも髄膜炎では投与量が変わります。通常量で始めると、届いてはいるが濃度が足りない、という外し方をします。

§ 3

経口薬にはもう一つ手前の関門がある

点滴なら投与した量が血中に入りますが、経口薬は吸収されなければ血中濃度が上がりません。組織移行性を論じる手前の問題です。

吸収されるか → 血中濃度が上がるか → その臓器に届くか
内服の第3世代セフェムは腸管からの吸収が悪く、実臨床では使いません。血中濃度が十分に上がらないため、どこに届くかを議論する以前に外れています。
点滴で良くなった患者を経口に切り替えるとき、ここで落とすことがあります。冒頭のひっかけ症例は、まさにこの形でした。
経口へ切り替えるときに選ぶもの備考
フルオロキノロン吸収が良い。前立腺・骨にも移行する。制酸薬や金属イオンで吸収が落ちる
ST合剤吸収が良い。前立腺に移行する。腎機能とカリウムに注意
アモキシシリン(±クラブラン酸)吸収が良い経口ペニシリン
セファレキシン吸収の確かな経口セフェム
内服の第3世代セフェム使わない

フルオロキノロンとST合剤は経口スイッチの主力ですが、どちらも使いすぎない薬でもあります。キノロンは耐性化と副作用、ST合剤は電解質と腎機能。使う理由があるときに使ってください。

§ 4

フォーカス別の代表例

ここに挙げるのは代表例であって、第一選択の断定ではありません。実際の選択は施設の採用薬とアンチバイオグラムに従ってください。同じ疾患でも、施設によって推奨される薬は変わります。

フォーカスよくある起因菌考え方
市中肺炎肺炎球菌、インフルエンザ桿菌、非定型病原体重症度(A-DROP)と非定型のカバーで決める
誤嚥性肺炎口腔内の混合菌横隔膜より上の嫌気性菌を含めて考える。背景の嚥下障害も評価する
尿路感染(腎盂腎炎)大腸菌など男性なら前立腺を分ける。ESBLは重症+リスクで
前立腺炎大腸菌など移行する薬を選ぶ。経口はキノロンかST合剤
胆道感染陰性桿菌、腸球菌(E. faecalis が多い)、横隔膜より下の嫌気性菌閉塞があればドレナージが優先
皮膚軟部組織レンサ球菌、黄色ブドウ球菌。糖尿病性足・咬傷・水曝露・免疫抑制では陰性桿菌や嫌気性菌も進行が速い・痛みが所見に不釣り合いなら外科へ相談
カテーテル関連血流感染ブドウ球菌、陰性桿菌、カンジダカテーテル抜去を検討する。黄色ブドウ球菌なら転移巣を探す
髄膜炎肺炎球菌、髄膜炎菌、高齢ではリステリア移行性と髄膜炎量。開始を遅らせない
培養で「腸球菌」と出たら、E. faecalis か E. faecium かを必ず確認してください。アンピシリンが効くかどうかが変わります。E. faecalis なら感受性を確認したうえでアンピシリンが第一選択になり、広域薬より狭くて確実です。E. faecium はアンピシリン耐性が多く、当てにできません。
なおどちらもセフェム系は効きません。腹腔内や胆道の感染でセフェム単剤にするときは、腸球菌をどうするかを意識してください。
嫌気性菌は、横隔膜より上か下かで菌も薬も変わります。上(口腔内)は誤嚥性肺炎・歯性感染・肺膿瘍、下(腸管)は腹腔内・胆道・骨盤内です。
セフトリアキソンやセフェピムには嫌気性菌のカバーがありません。セフェム系で嫌気性菌を狙えるのはセファマイシン系(セフメタゾール)だけで、しかも横隔膜より下まで届くのが特徴です。腹腔内感染でセフメタゾールが選ばれるのはこのためです。
メトロニダゾールは下に強い一方、上を単剤では任せられません
足りないぶんは併用で補えます。誤嚥性肺炎でセフトリアキソン+クリンダマイシンとすれば、市中肺炎の起因菌に加えて横隔膜より上の嫌気性菌までカバーでき、実際に使いやすい組み合わせです。ただしクリンダマイシンは下が当てにならないので、腹腔内感染をこの形で押し切らないこと。抗菌薬リファレンスに上下別の一覧があります。
皮膚軟部組織感染の起因菌は、レンサ球菌と黄色ブドウ球菌が中心です。合併症のない蜂窩織炎に3世代セフェムを使う理由はありません。陰性桿菌のカバーが要らないうえ、ブドウ球菌にはセファゾリンのほうが確実だからです。合併症のない蜂窩織炎はセファゾリン(経口ならセファレキシン)から考えてください。
ただし皮膚軟部組織だから狭くてよい、と決め打ちはできません。糖尿病性足感染(深い・慢性・虚血)では陰性桿菌と嫌気性菌、複雑症例では緑膿菌まで。咬傷ではパスツレラやエイケネラ、水への曝露ではビブリオやエロモナス(肝硬変では劇症化します)。好中球減少や壊死性軟部組織感染も別に考えます。患者ごとに背景を確認してください。
そして陰性桿菌のカバーが要ると判断した場面でも、答えが3世代セフェム単剤になるとは限りません。咬傷ならアンピシリン/スルバクタム、糖尿病性足なら嫌気性菌も要ります。
セフェム系は世代が上がるほど陰性桿菌に強くなる代わりに陽性球菌が弱くなります。この入れ替わりは耐性菌の歴史とつながっていて、広域セフェムを使うほど、それが効かないブドウ球菌が生き残ります。MRSA が院内で大きく広がったのは広域セフェムが普及した時期で、広域セフェムの使用は今も MRSA 検出の危険因子です。
広い薬を使うと決めたときは、何を足したいのかで選びます。「とりあえず広く」で選ぶと、要らないものが付いてきて、要るものが抜けます。
足したいもの代表例
緑膿菌と嫌気性菌の両方タゾバクタム/ピペラシリン。この薬の本来の使いどころ
緑膿菌が要り、嫌気性菌は要らないセフェピム(陽性球菌も保てる)、セフタジジム(陽性球菌は弱い)
ESBL産生菌メロペネム。ただし安定していればセフメタゾールを考える
横隔膜より下の嫌気性菌だけセフメタゾール、またはメトロニダゾールの併用
市中発症の尿路感染・市中肺炎・重症でない市中発症の胆管炎に、タゾバクタム/ピペラシリンは要りません。逆に院内発症や抗菌薬曝露のある腹腔内・胆道感染好中球減少性腸炎や肛門周囲膿瘍を疑う発熱性好中球減少症は、この薬のよい適応です。
広い薬にも穴があります。タゾバクタム/ピペラシリンはESBL産生菌とAmpC過剰産生菌に当てになりませんし、カルバペネムもMRSAとE. faeciumはカバーしません抗菌薬リファレンスに使いどころと代わりの薬をまとめてあります。
この表の使い方は、薬名を暗記することではありません。フォーカスが決まれば起因菌の候補が絞れ、候補が絞れれば必要なカバー範囲が決まる、という筋道を確認するために使ってください。
フォーカスごとの詳しい組み立て(分けて考えるもの、その疾患の落とし穴)は フォーカス別リファレンス にまとめてあります。
具体的な薬剤と用量は、院内マニュアルと 抗菌薬投与量計算ツール で確認します。
§ 5

量と間隔を外さない

薬を選んだあと、量と間隔で外すことがあります。特に腎機能です。

確認すること注意
腎機能多くの抗菌薬で減量が要る。高齢者はクレアチニンが正常でも腎機能が落ちている
初回投与量腎機能が悪くても初回は減らさないことが多い。減らすのは2回目以降の量や間隔
髄膜炎・心内膜炎・骨髄炎通常量では足りない。増量が要る
血中濃度を測る薬バンコマイシンなど。投与設計と測定のタイミングを確認する
併用で腎障害が増える組み合わせバンコマイシンとタゾバクタム/ピペラシリンの併用で急性腎障害が増える。両方が要るかを培養結果で見直す
透析透析日と非透析日で変わる。透析後に投与する薬がある
高齢者では、クレアチニンが基準範囲内でも腎機能が大きく落ちていることがあります。筋肉量が少ないためです。数値をそのまま見るのではなく、推算糸球体濾過量で評価してくださいeGFR 計算ツールと、それに連動した抗菌薬投与量計算ツールがあります。

投与量を減らしすぎるのも外し方の一つです。効かない理由の一つは「量が足りない」ということを、第9章で扱います。

§ 6

症例で確認

58歳男性。糖尿病で通院中。発熱と腰背部痛が2週間続いている。
3週間前に皮膚の膿瘍で近医を受診し、切開排膿を受けた。抗菌薬は5日間内服した。
今回、体温 38.2℃、血圧 132/78 mmHg、脈拍 96/分、呼吸数 18/分、意識清明。
腰椎の叩打痛が強い。下肢の筋力低下や膀胱直腸障害はない。
血液培養2セットからブドウ状のグラム陽性球菌が検出され、黄色ブドウ球菌と同定された。
研修医は「全身状態は落ち着いているので、内服に切り替えて外来で診てよいか」と相談してきた。

3つの軸で置き直し、治療をどう組み立てますか。

1フォーカスはどこか
材料がそろっています。
3週間前の皮膚膿瘍(黄色ブドウ球菌の入口) 2週間続く発熱と腰背部痛 腰椎の叩打痛 血液培養2セットから黄色ブドウ球菌
化膿性脊椎炎を強く疑います。第3章で扱ったとおり、黄色ブドウ球菌の菌血症では転移巣を探しに行くのが原則です。この患者では、探すべき場所を症状が教えてくれています。
MRI へ動いてください。硬膜外膿瘍を伴っていれば、神経症状が出る前に見つける必要があります。今は麻痺がなくても、出てからでは遅い病態です。
あわせて心エコーも行います。黄色ブドウ球菌の菌血症では感染性心内膜炎の合併を必ず検索します。
2内服に切り替えてよいか
切り替えません。研修医は「全身状態が落ち着いている」ことを根拠にしていますが、重症度は3つの軸のうちの1つでしかありません。
フォーカスが骨だからです。
骨・関節 : 移行が悪く、治療が長期になる
骨への移行という関門に加えて、黄色ブドウ球菌の菌血症という条件があります。この組み合わせで早期に内服へ落とすと、再燃します。
治療は点滴で、数週間という単位になります。第9章で期間を扱います。
「元気そうだから外来で」という判断が通用しない病態がある、ということがこの症例の要点です。
3他に確認すべきことは
膿瘍がないかを確認します。MRI で硬膜外膿瘍や椎体周囲の膿瘍が見つかれば、抗菌薬だけでは治りません。ドレナージや外科的処置の適応を整形外科・脳神経外科と相談します。
また、3週間前の膿瘍で採られた培養があれば取りに行きます。そこで黄色ブドウ球菌が出ていて感受性が分かっていれば、今回の治療にそのまま使えます。第6章で書いた「前回の培養結果は推定ではなく事実」です。
耐性リスクとしては、3週間前の抗菌薬曝露糖尿病があります。ただしMRSAをエンピリックにカバーするかは、同定と感受性が出ている今、推測ではなく結果で決められます。
血液培養は陰性化を確認するために採り直します。黄色ブドウ球菌の菌血症では、いつ陰性化したかが治療期間の起点になります。
フォーカスは化膿性脊椎炎。黄色ブドウ球菌の菌血症の転移巣として探しに行く。MRIと心エコーへ。
全身状態が落ち着いていても内服には落とさない。骨は移行が悪く、点滴で数週間の治療になる。膿瘍があればドレナージ、血液培養は陰性化の確認のため採り直す。
この章の要点
次のステップ
第9章:治療期間と効果判定疾患別の期間/効かないときの4つの理由/経口への切り替え/狭める判断 第7章に戻る重症度を測る 講義一覧に戻る章の一覧
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