トップ講義一覧第1章
第 1 章 ・ 基礎

発熱をみたら

その発熱は感染症か/フォーカス・耐性リスク・重症度という3つの軸/なぜ臓器を先に決めるのか。すべての章の土台。

感染症でつまずく人の多くは、薬の名前から考え始めます。しかし抗菌薬は、選んだ薬がその臓器に届いて初めて効きます。届く場所かどうかは、感染がどこにあるかが決まらないと判断できません。この章では、以降の章が乗る共通の地図を先に敷きます。計算らしい計算は出てきません。
§ 1

その発熱は感染症か

発熱を見た瞬間に抗菌薬を考え始めると、感染症ではない発熱に抗菌薬を出してしまいます。抗菌薬は効かず、培養は採られないまま、薬剤熱が上乗せされることさえあります。まず「感染症らしいか」を一度立ち止まって考えます。

感染症以外で発熱をきたす代表的なものは次のとおりです。

分類代表例手がかり
薬剤熱βラクタム、抗てんかん薬、アロプリノールなど比較的元気/好酸球増多/薬剤開始からの時間経過
血栓深部静脈血栓症、肺塞栓症片側の下腿腫脹、頻呼吸、低酸素、長期臥床
悪性腫瘍リンパ腫、腎細胞癌など体重減少、リンパ節腫大、盗汗
膠原病血管炎、成人Still病、リウマチ性多発筋痛症関節症状、皮疹、抗菌薬に反応しない
結晶性関節炎痛風、偽痛風単関節の熱感と腫脹。高齢者では発熱だけが目立つことがある
内分泌甲状腺クリーゼ、副腎不全頻脈、意識障害、循環不安定
「抗菌薬を始めたのに解熱しない」ときは、耐性を疑う前に、そもそも感染症なのかを問い直してください。効かない理由は、薬が外れているか、届いていないか、感染症ではないか、膿がたまっていて薬だけでは治らないか、のいずれかです。この4つは第9章でもう一度扱います。

逆に、発熱がないことは感染症の否定になりません。高齢者、ステロイド使用中、腎不全、重症例では発熱しないことがあり、敗血症では低体温(36℃未満)が予後不良のサインになります。「熱がないから様子を見る」が最も危険な場面です。高齢者では、発熱の代わりに食欲低下、活気の低下、せん妄、転倒だけが出ることがあります。

§ 2

3つの軸で治療は決まる

感染症の治療方針は、覚えた薬の数では決まりません。次の3つが決まれば、選ぶ薬も、いつまで続けるかも、ほとんど自動的に決まります。

フォーカス × 耐性のリスク × 重症度
何を決めるか扱う章
フォーカス
感染がどこにあるか
届く薬かどうかと、治療期間。想定される起因菌もここで絞れる第2章・第3章
耐性のリスク
ふつうの菌でよいか
どこまで広くカバーするか。緑膿菌やESBLを最初から入れるかどうか第6章
重症度
どれだけ急ぐか
投与開始までの時間と、外すことをどこまで許容できないか第7章

順番にも意味があります。フォーカスが決まらないうちに耐性リスクや重症度から考え始めると、「とりあえず広く」に流れます。広い薬は多くの菌を殺しますが、届かない場所には届きません。冒頭の前立腺炎の症例は、まさにその形で外れています。

本シリーズが繰り返し戻ってくる背骨は、この一文です。
「感染がどこにあるかが決まらないと、薬は届かない」
§ 3

なぜフォーカスを先に決めるのか

血液中で有効な濃度が出ていても、そのまま届かない場所があります。抗菌薬は血中濃度が高ければどこでも効く、わけではありません。

届きにくい場所何が起きるか選び方
前立腺多くのβラクタムは十分に移行しないフルオロキノロン、ST合剤
髄液血液脳関門があり、移行する薬が限られる。移行する薬でも髄膜炎では増量する移行性を確認したうえで髄膜炎量で投与する
骨・関節移行が悪く、治療が長期になる移行性と、数週間続けられるかで選ぶ
膿瘍の内部血流がなく、酸性で薬が効きにくい薬だけでは治らない。ドレナージを考える
人工物・デバイスバイオフィルムを作り、薬が届いても菌が生き残る抜去や交換の検討が要る
膿瘍とデバイス感染は、抗菌薬の選択の問題ではありません。ここを薬の変更だけで押し切ろうとすると、解熱しないまま広域抗菌薬だけが積み上がります。「効かない」と感じたら、ドレナージすべき膿がないか、抜くべき異物がないかを先に考えてください。

もうひとつ、経口薬には吸収されるかどうかという関門が手前にあります。内服の第3世代セフェムは腸管からの吸収が悪く、実臨床では使いません。血中濃度が上がらないので、組織移行性を論じる以前の問題として外れています。点滴から内服へ切り替えるときは、吸収の確かな薬(フルオロキノロン、ST合剤、アモキシシリン、セファレキシンなど)を選びます。第9章でもう一度扱います。

§ 4

最初の30分でやること

3つの軸は、順に埋めていきます。最初の30分で手を動かすのは次の4つです。

やること埋まる軸
1バイタルを取り直す。意識、呼吸数、血圧、尿量重症度
2頭からつま先まで診る。服を脱がせて背中と会陰部まで見るフォーカス
3抗菌薬の前に培養を採る。血液培養2セットと、疑った臓器の検体フォーカス
4背景を聞く。施設入所、直近の抗菌薬、デバイス、免疫抑制耐性リスク
抗菌薬を始める前に培養を採る。これだけは順番を入れ替えられません。一度抗菌薬が入ると培養は生えにくくなり、あとから狭める根拠が失われます。狭められないまま広域抗菌薬を続けることになるので、最初の数分の手間が、その後の2週間を決めます。ただし敗血症性ショックでは投与を遅らせないことが優先されます。培養は採れる範囲で採り、抗菌薬を待たせません。

呼吸数は、この4つのなかで最も飛ばされやすい項目です。qSOFAの3項目のうち1つは呼吸数で、実際に測らずに「20回」と記録されることがあります。数えてください。

§ 5

症例で確認

78歳女性。介護老人保健施設に入所中。膀胱留置カテーテルが入っている。
本日朝から 39.0℃ の発熱。普段は会話ができるが、今日は受け答えが鈍い
血圧 96/58 mmHg、脈拍 112/分、呼吸数 24/分、SpO₂ 95%(室内気)。
3週間前に尿路感染症としてセフトリアキソンを7日間投与された経過がある。
研修医は「施設の高齢者の尿路感染だろう」と考え、前回と同じセフトリアキソンを開始しようとしている。

この患者を、3つの軸で置いてみてください。

1フォーカスはどこか
留置カテーテルがあるのでカテーテル関連尿路感染は当然疑います。ただしそれだけで決めてはいけません
施設入所の高齢者で見落としやすいフォーカスが、この患者にはまだ確認されていません。褥瘡、肺炎(誤嚥)、胆道、皮膚軟部組織、関節。服を脱がせて背中と仙骨部を見たか、口腔内を見たか、が分かれ目です。
また、カテーテルが入っているだけで尿は濁ります。尿の混濁や細菌尿は、それ自体では感染の証拠になりません。第2章と第3章で詰めます。
2耐性のリスクはあるか
3つ当てはまります。
施設入所 + 3週間前の抗菌薬曝露(90日以内) + デバイス(留置カテーテル)
研修医が選ぼうとしたセフトリアキソンは、前回その菌に使われた薬です。前回の投与で生き残った菌が今回の起因菌なら、同じ薬は外れます。
ここで前回の尿培養と感受性の結果を取りに行くのが、この患者で最も価値のある一手です。第6章で扱います。
3重症度はどれくらいか
qSOFA は3点です。
意識の変容    あり → 1点 呼吸数 22/分以上 24/分 → 1点 収縮期血圧 100mmHg以下 96 → 1点
3項目すべてに該当します。「施設の高齢者の尿路感染」として日常業務の速度で動かしてよい患者ではありません。
培養を採り、輸液を始め、抗菌薬を待たせないこと。乳酸を測り、循環の評価を続けます。第7章で扱います。

3つの軸が埋まると、方針は自然に出てきます。「施設の高齢者の尿路感染だから前回と同じ薬」という判断は、3つの軸のうちどれ一つも埋めないまま薬の名前だけを選んでいます。具体的な薬の選び方は第8章、狭める判断と治療期間は第9章で扱います。
フォーカスはカテーテル関連尿路感染を第一に、ただし全身を診てから確定する。耐性リスクは3つ該当。重症度は qSOFA 3点で待てない。
培養を採ったうえで、前回のセフトリアキソンより広い薬で速やかに始め、培養結果が出たら狭める。この章では3つの軸を埋める順番だけ持って帰ってください。
この章の要点
次のステップ
第2章:フォーカスを探す・身体所見頭からつま先まで/見落としやすい部位/直腸診をためらわない 講義一覧に戻る章の一覧
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