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第 6 章 ・ 耐性リスク

耐性のリスクを評価する

5つのリスク因子を数える/前回の培養結果という確かな根拠/緑膿菌・ESBL・MRSAをどこまでカバーするか。

3つの軸の2つめです。ここで決めるのはどこまで広くカバーするか。市中か院内かという分類ではなく、患者ごとのリスク因子を数えるやり方で進めます。肺炎だけを扱うわけではないので、因子で考えるほうが応用がききます。
§ 1

チェックリストで数える

次の5つを聞き、診て、カルテで確かめます。問診で全部そろう項目ではありません。前回の入院記録や施設からの情報提供書を開く必要があります。

因子確かめ方なぜ効くか
90日以内の抗菌薬曝露お薬手帳、前回入院の記録、施設の記録使った薬に耐える菌が生き残っている
施設入所どこから来たか。入所期間耐性菌が持ち込まれ、共有されやすい環境
透析維持透析か。シャントかカテーテルか血管内デバイスと医療環境への頻回の曝露
デバイス尿道カテーテル、点滴、ポート、胃瘻、気管切開バイオフィルムを作り、耐性菌の住処になる
免疫抑制ステロイド、免疫抑制薬、化学療法、好中球減少ふつうは悪さをしない菌が起因菌になる
この章で最も効く一手は、前回の培養結果を取りに行くことです。その患者から前に何が生えて、何に耐性だったか。これは推定ではなく事実です。
施設入所や転院の患者では、紹介元に問い合わせる価値があります。5つの因子を数えるより、1枚の感受性結果のほうが確かなことがあります。

因子が0個なら、ふつうの市中の菌を想定します。因子が積み重なるほど、想定を広げる方向に動きます。ただし因子の数だけで薬が決まるわけではありません。次の節から、菌ごとに判断します。

§ 2

緑膿菌をカバーするか

緑膿菌はリスク因子があればカバーします。判断材料は上のチェックリストに加えて、フォーカスごとの所見です。

カバーを考える状況補足
チェックリストの因子が複数ある特に抗菌薬曝露・デバイス・免疫抑制
肺炎で画像上の気管支拡張構造的な肺疾患は緑膿菌の温床。画像で気管支拡張を見たらカバーする
グラム染色で細長いグラム陰性桿菌第5章の読み方。決定打ではないが後押しになる
過去に緑膿菌が検出されている前回の培養結果。推定ではなく事実
重症・ショック外したときの代償が大きい場面では広めに始める
気管支拡張症、慢性の構造的肺疾患、気管切開の患者では、肺炎のたびに緑膿菌を考えます。市中肺炎という言葉に引きずられて狭い薬で始めると、外します。画像を自分で見て、気管支拡張があるかを確認してください。
§ 3

ESBLをカバーするか

ESBLはエンピリックにはカバーしません。ただし重症で、かつリスクがあればカバーします。

状況方針
軽症〜中等症、リスクなしカバーしない。培養結果で対応する
軽症〜中等症、リスクあり原則カバーしない。培養を確実に採り、経過を密に見る
重症・ショック、かつリスクありカバーする。外したときの代償が大きい
過去にESBLが検出されている重症度にかかわらず考慮する。前回の結果は事実

ESBLのリスクとして重みがあるのは、過去のESBL検出直近の抗菌薬曝露施設入所繰り返す尿路感染です。

「リスクがあるから」だけでは広げません。重症度と組み合わせて判断します。軽症でリスクだけを理由にカルバペネムを始めると、その患者にも、次にその病棟に来る患者にも、代償が回ります。
逆にショックの患者で外すことの代償は、その場で取り返せません。ここが重症度という軸を持っておく理由です。
カバーすると決めても、いきなりカルバペネムとは限りません。病状が安定しているならセフメタゾールという選択肢があります。セファマイシン系は一部のESBL産生菌に活性を保ちます。
メロペネムを初期治療に選ぶのは、次のような場面です。
・以前にESBL産生菌が出ていて、今回も同じ菌が原因と考えられる重症感染
広域抗菌薬の使用中、または使用直後に新しく起きた感染
・グラム陰性菌の関与が疑われる敗血症性ショック
使うと決めたら、投与前に血液培養2セットとフォーカスの培養を採ってください。抗菌薬リファレンスに使いどころと、カルバペネムが効かない菌をまとめてあります。
§ 4

MRSAはエンピリックにカバーしない

本シリーズでは、MRSAを最初からカバーする方針は採りません。研修医が最初に身につけるべきは、広げる判断より広げない判断だからです。

方針
初期治療MRSAはカバーしないのが既定
培養でMRSAが出たそこで薬を変える。それで間に合う場面がほとんど
迷う状況上級医に相談する。1人で広げる判断をしない
MRSAを疑わせる状況そのものは知っておいてください。過去のMRSA検出、血液培養でブドウ状のグラム陽性球菌、人工物が入っている、進行の速い皮膚軟部組織感染。こうした場面は相談する場面であって、研修医が単独で抗MRSA薬を開始する場面ではありません。
抗MRSA薬は投与設計と血中濃度の管理が要る薬です。始めるかどうかと同じくらい、始めたあとの管理が問題になります。
始めない立場でも、薬の中身は知っておいてください。相談する側になったとき、話が通じます。
バンコマイシンが第一選択で、これより明らかに治療効果が優れると示された薬はありません。重症例では初回に負荷投与を行い(実体重あたり25〜30mg/kg)、2回目以降を腎機能と血中濃度に合わせます。初回は腎機能が悪くても減らしません。血中濃度はAUC/MIC 400〜600 を目標に設計し、トラフ値だけで管理する方式は現在は推奨されません。ここは薬剤師と一緒に決める場面です。
ダプトマイシンは肺炎には使えません。肺サーファクタントで不活化されるためです。経口のバンコマイシンは腸管から吸収されないので、MRSAの感染症には使えません(使うのはクロストリジオイデス・ディフィシル感染症)。抗菌薬リファレンスに4剤の使い分けをまとめてあります。
§ 5

広げたら、狭める前提で始める

リスクがあるから広く始める、という判断は正当です。問題は、広げたまま終わることです。

広げるときに同時にやること
培養を採ってあることを確認する。採っていなければ狭める根拠が永久に得られない
いつ見直すかを決める(培養結果が出る頃)
何が分かれば狭めるのかを、カルテに書いておく
広域抗菌薬を始めた日に、狭める計画も一緒に立ててください。「培養が出たら考える」では、担当が替わったときに引き継がれません。第9章で狭める判断を扱います。
広げることの代償は、その病棟の次の患者にも回ります。セフェム系は世代が上がるほど陰性桿菌に強くなる代わりに陽性球菌が弱くなり、広域セフェムを使うほど、それが効かないブドウ球菌が生き残ります。MRSA が院内で大きく広がったのは広域セフェムが普及した時期で、広域セフェムの使用は今も MRSA 検出の危険因子です。
合併症のない蜂窩織炎に3世代セフェムを使わない、という判断は、ここにつながっています(第8章)。ただし同じ皮膚軟部組織でも、糖尿病性足や咬傷では陰性桿菌が入ります。狭くするのも広げるのも、患者ごとの背景から決めてください。
§ 6

症例で確認

68歳女性。関節リウマチでプレドニゾロンとメトトレキサートを内服中。
2か月前に肺炎で入院し、抗菌薬を10日間投与された。以後は自宅で生活している。
今回、発熱と咳、膿性痰で受診。胸部CTで両下葉に気管支拡張があり、右下葉に浸潤影。
血圧 128/76 mmHg、脈拍 92/分、呼吸数 20/分、意識清明。SpO₂ 93%(室内気)。
研修医は「市中肺炎で全身状態も落ち着いているので、狭い薬でよい」と考えている。

耐性のリスクを評価してください。

1チェックリストで数えると何個か
2つ当てはまります。
90日以内の抗菌薬曝露 : 2か月前に10日間 → 該当 免疫抑制       : ステロイド+メトトレキサート → 該当 施設入所       : 自宅生活 → 該当しない 透析・デバイス    : なし
「自宅から来た市中肺炎」という見た目に反して、リスク因子は2つあります。さらに画像所見がもう1つの材料を足しています。
ここで2か月前の入院時の培養結果を取りに行ってください。何が生えて何に耐性だったかが分かれば、推定より確かな根拠になります。
2緑膿菌をカバーするか
カバーします。決め手は画像です。
両下葉の気管支拡張 + 直近の抗菌薬曝露 + 免疫抑制
気管支拡張は緑膿菌の温床で、構造的な肺疾患を持つ患者では肺炎のたびに緑膿菌を考えます。研修医は「市中肺炎」という枠に引きずられていますが、患者がどこから来たかより、肺がどうなっているかのほうが効きます
喀痰のグラム染色で細長いグラム陰性桿菌が見えれば、さらに後押しになります。自分で染めて確認してください。
3ESBLとMRSAはどうするか
どちらもエンピリックにはカバーしません。
ESBL : リスクはあるが重症ではない → カバーしない MRSA : 既定どおりカバーしない
ESBLは重症かつリスクがある場合にカバーする方針でした。この患者は意識清明、血圧も保たれ、呼吸数も20で、重症の基準には達していません。リスクだけを理由に広げると、必要のない場面でカルバペネムを使うことになります。
ただし経過を密に見ます。悪化すれば判断は変わりますし、前回の培養でESBLが出ていたなら話は別です。
MRSAも同じで、培養で出てから変えて間に合う場面です。進行の速い皮膚軟部組織感染や人工物がある状況ではないので、単独で広げる理由はありません。
リスク因子は2つ(抗菌薬曝露・免疫抑制)。画像の気管支拡張を根拠に緑膿菌はカバーする。
ESBLは重症ではないのでカバーしない。MRSAも既定どおりカバーしない。2か月前の培養結果を取りに行くことが、推定より確かな根拠になる。
この章の要点
次のステップ
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