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第 3 章 ・ 酸素療法

換気補助のタイミング

酸素だけでは足りないと判断する根拠/NPPV か挿管か/呼ばれてからでは遅い所見。

酸素療法の限界は、SpO₂ が上がらないときだけではありません。SpO₂ が保たれていても、患者が全力で呼吸してようやく保っている状態なら、それは限界です。数値と身体所見の両方から、次の一手を決める判断を扱います。
§ 1

Ⅰ型かⅡ型か、足りないのは酸素か換気か

呼吸不全は血液ガスの PaCO₂ で2つに分かれます。この区別が、次に選ぶデバイスを決めます。

Ⅰ型(低酸素性)Ⅱ型(高二酸化炭素性)
定義PaO₂ < 60 mmHg
PaCO₂ は正常〜低下
PaCO₂ > 45 mmHg
(+PaO₂ 低下を伴うことが多い)
本質ガス交換の障害
V/Q ミスマッチ・シャント・拡散障害
肺胞換気量の不足
換気の「量」が足りない
代表例肺炎・ARDS・肺水腫・肺塞栓COPD 増悪・喘息重積・鎮静薬過量・神経筋疾患・肥満低換気
基本の一手酸素・PEEP(NHF / CPAP)換気を助ける(NPPV の BiPAP / 挿管)
NPPV 不耐容なら NHF も代替となる
ここが核心:Ⅱ型呼吸不全に酸素をいくら足しても PaCO₂ は下がりません。むしろ悪化します(第1章)。CO₂ を下げたいなら換気量を増やすしかありません。呼吸回数か一回換気量を増やす、つまり圧をかけて助けるということです。

※ 例外的に、NHF は圧をかけずとも死腔の洗い出しによって CO₂ を下げます。NPPV に耐えられない患者や在宅での長期管理で選択肢になります(第4章)。

※ 混合しているケースも多くあります(例:COPD 患者の肺炎)。A-aDO₂ で肺自体の問題を切り分ける方法は血液ガス判読ノート 第7章を参照してください。

§ 2

数値より先に呼吸仕事量を見る

SpO₂ と血液ガスは結果であり、限界が来たことは身体所見のほうが先に教えてくれます。ベッドサイドで次を確認してください。

呼吸仕事量が限界に近いサイン
  • 呼吸数 > 30 回/分が持続する
  • 補助呼吸筋の使用(胸鎖乳突筋の緊張、鼻翼呼吸、肩呼吸)
  • 陥没呼吸(鎖骨上窩・肋間の陥凹)
  • 奇異性呼吸:吸気時に腹部が凹む=横隔膜疲労の危険なサイン
  • 会話が単語単位になる、文章が続かない
  • 発汗・起坐呼吸・落ち着かない様子(不穏は低酸素の初期症状のことがある)
危険なのは、呼吸数が下がってきた場面です。治療で改善したのか、疲れ果てて呼吸できなくなったのかを取り違えると致命的です。呼吸数の低下+意識レベルの低下+PaCO₂ の上昇が揃えば、それは改善ではなく呼吸停止の直前です。

数値で裏づけるには血液ガスを見ます。pH が下がり続けている(アシデミアの進行)のは、換気が需要に追いついていない何よりの証拠です。

§ 3

ROX index で NHF を続けてよいかを見る

NHF を導入したあと、このまま様子を見てよいか、挿管に踏み切るかを判断するための指標です。

ROX index = (SpO₂ ÷ FiO₂)÷ 呼吸数 例:SpO₂ 93%、FiO₂ 0.6、呼吸数 28 回/分 = (93 ÷ 0.6) ÷ 28 = 155 ÷ 28 = 5.5
< 3.85
挿管リスク高
3.85–4.88
要注意・再評価
≥ 4.88
NHF 継続可
低い=危険高い=良好

NHF 開始後 2時間・6時間・12時間の時点で評価し、値が上がっていくなら成功の見込みが高く、横ばい〜低下なら挿管を準備します。

ROX index を挿管しない理由に使ってはいけません。あくまで補助指標です。値が良くても、意識障害・循環不安定・気道が保てない状況があれば挿管が優先されます。
§ 4

NPPV か、挿管か

非侵襲(NPPV)で粘るか、確実な気道(挿管)に移るか。判断の軸は気道を自分で守れるかNPPV が効く病態かの2つです。

NPPV が向く挿管が向く
意識清明で協力が得られる意識障害・気道保護ができない
マスクを装着できる顔面顔面外傷・上気道閉塞
分泌物が自力で喀出できる大量の分泌物・喀血・嘔吐
循環が安定しているショック・重篤な不整脈・心停止切迫
数時間で改善が見込める病態
COPD 増悪・心原性肺水腫
改善に日単位を要する病態
重症 ARDS・多臓器不全
時間を区切る:NPPV を選んだら「1〜2時間後に血液ガスを再検し、pH と PaCO₂ が改善していなければ挿管」と、あらかじめ決めておきます。判断の期限を決めずに始めてはいけません。
§ 5

気管挿管の適応、迷ったときの5項目

  1. 気道が保てない:意識障害(GCS ≤ 8 が目安)、咽頭反射の消失、上気道閉塞、大量出血・嘔吐
  2. 換気が保てない:PaCO₂ が上昇し pH が低下し続ける、無呼吸、呼吸筋疲労(奇異性呼吸)
  3. 酸素化が保てない:非侵襲的手段を尽くしても目標 SpO₂ に届かない
  4. 循環が保てない:ショック・心停止切迫。呼吸仕事による酸素消費を減らす目的の挿管もある
  5. これから悪くなることが確実:搬送・検査・処置の前の予防的な気道確保
挿管の遅れがもたらす害:強い呼吸努力が続くと、患者自身の大きな胸腔内陰圧によって肺障害が進むこと(P-SILI:自発呼吸誘発性肺傷害)が知られています。「まだ SpO₂ が保てているから」と粘った結果、状態が悪いまま緊急挿管になると合併症のリスクも跳ね上がります。迷ったら早めに、落ち着いた状況で挿管するほうが安全です。
§ 6

症例で確認

58歳男性。うっ血性心不全の急性増悪。救急外来でリザーバーマスク 10L/分。SpO₂ 92%、呼吸数 32回/分、血圧 178/98、起坐呼吸、全身に冷汗。会話は単語のみ。意識は清明。
pH 7.29 / PaCO₂ 52 / HCO₃⁻ 24 / PaO₂ 66
1呼吸不全の型を判定
PaO₂ 66(リザーバー 10L/分下で、です)+ PaCO₂ 52 の上昇 → Ⅱ型呼吸不全
pH 7.29 のアシデミアは PaCO₂ 上昇によるもので、HCO₃⁻ 24 は正常=急性の変化。慢性の CO₂ 貯留者ではありません。
肺水腫でガス交換が障害され(Ⅰ型の要素)、さらに呼吸筋が疲れて換気量が落ち始めた(Ⅱ型への移行)状態です。
2酸素を増やすだけでよいか
すでにリザーバー 10L/分=低流量デバイスの上限に近い状態です。ここから酸素を足しても PaCO₂ 52 は下がりません。
加えて呼吸数 32・会話が単語単位・冷汗・起坐呼吸と、呼吸仕事量が限界に近い所見が揃っています。換気補助(陽圧)が必要な段階です。
3NPPV か挿管か
意識清明・気道保護可能・分泌物は自力喀出可能・血圧は保たれている(むしろ高血圧)。そして心原性肺水腫は NPPV のよい適応のひとつです。陽圧は肺胞の水を押し戻し、静脈還流と後負荷を減らすため、病態そのものにも有利に働きます。
NPPV(CPAP または BiPAP)を直ちに導入。同時に硝酸薬・利尿薬など心不全の治療を開始する。開始 1時間後に血液ガスを再検し、pH と PaCO₂ が改善していなければ気管挿管へ移行する — とあらかじめ期限を決めておく。
この章の要点
次のステップ
第4章:ネーザルハイフロー(NHF)4つの効果・流量とFiO₂と温度の決め方・Ⅱ型での位置づけ 第2章:酸素投与デバイスの選び方前の章に戻る
免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載の数値・設定は一般的な目安であり、実際の診療は各施設のプロトコルと患者の病態に従ってください。診断・治療の最終判断は必ず担当医師が行ってください。