トップ講義一覧第8章
第 8 章 ・ 応用

病態別の栄養

腎不全/肝不全/糖尿病/心不全/呼吸不全/周術期。そして、栄養を「差し控える」という判断について。

ここまでの7章は、どの患者にも共通する骨組みでした。最終章では骨組みをどう曲げるかを扱います。病態別の栄養で効くのは、専用製品の名前を覚えることより、その病態で何が問題になるのかを理解し、必要量のどの項目を動かすかを決めることです。最後に、栄養を差し控えるという判断にも触れます。
§ 1

腎不全を「制限」と決めつけない

腎不全の栄養でよくある誤りが、「腎不全=たんぱく制限」と機械的に当てはめることです。保存期と透析期で方向が逆になります。

病期たんぱく質考え方
保存期CKD0.6〜0.8 g/kg/日尿毒素の産生を抑え、腎機能の低下を遅らせる。ただしエネルギーは十分に(不足すると体蛋白が異化されて逆効果)。
透析導入後1.0〜1.2 g/kg/日むしろ増やす。透析でアミノ酸が失われるため。制限を続けると低栄養になる。
急性腎障害原疾患の侵襲度で決める「腎機能が悪いから制限」ではない。持続的腎代替療法中は喪失も考慮。

制限すべきは、たんぱく質よりむしろカリウム・リン・水分・塩分です。経腸栄養剤にも腎不全用の製品があり、たんぱく質量とK・Pを抑えてあります。

腎不全用製品を単独で使うと、ツールは「たんぱく質が不足」と表示します。たとえば低たんぱく型(リーナレンLPなど)はNPC/N比が600前後になりますが、それは設計どおりです。たんぱく制限をしながらエネルギーだけ入れるための製品なので、必要量に合わせて他剤と組み合わせます。

静脈栄養では、K・Pを含まない基本液(ハイカリックRF)と腎不全用アミノ酸製剤(キドミン)を組み合わせます。ただしハイカリックRFはブドウ糖50%と濃く、GIRが上がりやすい点に注意してください(1袋500 mLで糖250 g)。またビタミンが入っていないので総合ビタミン剤の併用が必須です。

§ 2

肝不全とBCAA・Fischer比

肝硬変では、分岐鎖アミノ酸(BCAA)が減り芳香族アミノ酸(AAA)が増えます。この比率が Fischer比 で、低下すると肝性脳症に関わるとされます。

目的製剤
肝性脳症の改善アミノレバン点滴静注(BCAA 35.5%、Fischer比 37.05)。効能は「慢性肝障害時における脳症の改善」であり、栄養補給目的の製剤ではない
低アルブミン血症の改善アミノレバンEN配合散(経口・経管)。BCAA 6.1 g/包、Fischer比 約40。就寝前投与(LES)にも使われる。
肝不全の栄養管理ヘパンED配合内用剤。脂質を抑えた成分栄養剤。
目的が違う製剤を取り違えないでください。アミノレバン点滴静注は脳症の治療薬です。栄養を入れるための製剤として設計されていないので、肝硬変患者に「栄養だから」と入れ続けても必要量は満たせません。

肝硬変では夜間の飢餓が問題になります。肝グリコーゲンの貯蔵が少ないため、一晩の絶食が健常者の2〜3日の飢餓に相当するとされます。そのため就寝前補食(LES:late evening snack)として200 kcal 程度を摂ることが推奨されます。

§ 3

糖尿病は血糖より先に総量

糖尿病合併例では、糖質を抑えた経腸栄養剤(グルセルナ-REX、明治インスローなど)が選択肢になります。糖質のエネルギー比を下げ、脂質やパラチノースで置き換えた設計です。

ただし製品を変える前に、まず総量とGIRを見てください。血糖を押し上げるのは「糖質の種類」より「エネルギーの入れすぎ」です。GIR 5 mg/kg/分を超えていないか、目標の120%を超えていないかを確認するほうが先です。

糖質調整製品にも注意点があります。糖質を抑えているといってもゼロではありませんし、脂質が多いぶん胃排出が遅れやすく、下痢や腹部膨満を起こすことがあります。またビタミンB1が少なめの製品もあるので、長期単独では確認が必要です。

インスリンの調整については、インスリン製剤の変換ツールインスリン投与量の目安も参照してください。

§ 4

心不全・呼吸不全では水分とCO2

心不全
水分と塩分が主戦場。水分制限下では高濃度(1.5〜1.6 kcal/mL)の製品が有利。ただし濃い製品ほど製品中の水分が少ないので、脱水にも注意。心不全の管理そのものは心不全診療ノートへ。
呼吸不全
かつて高脂質・低炭水化物の製剤でCO2産生を減らす考え方があったが、現在は推奨されていない。CO2を決めるのは総投与エネルギー。人工呼吸管理は酸素療法・人工呼吸器ノートへ。

呼吸不全の栄養は、専用製品を探すより過剰投与をやめるほうが効果的です。ASPEN/SCCM も、呼吸商を操作する目的での高脂質・低炭水化物製剤を急性呼吸不全のICU患者に使用しないことを提案しています。

ただし低栄養そのものが呼吸筋力を落とします。横隔膜も骨格筋なので、栄養不足は換気能力の低下と離脱困難につながります。「CO2が上がるから栄養を控える」は逆効果です。過不足のない量を、適切な速度で入れるのが答えです。
§ 5

周術期は絶食を長くしない

周術期は「絶食の指示を出した人が、栄養の指示も出す」を徹底してください。絶食の指示だけが独り歩きして、誰も栄養を再開しないまま数日が過ぎる、というのがよくある事故です。
§ 6

栄養を差し控えるという判断

最後に、避けて通れない話をします。すべての患者に人工的な栄養を行うべきかという問いです。

終末期や不可逆的な意識障害では、人工的水分・栄養補給(AHN:artificial hydration and nutrition)が患者の益にならない、あるいは苦痛を増やすことがあります。過剰な輸液は浮腫・胸水・腹水・気道分泌の増加を招き、かえって苦痛を強めます。

考えること内容
目的は何か回復への橋渡しか、生命の維持か、苦痛の緩和か。目的が違えば適切な量も違う。
本人の意思事前指示、これまでの生活歴や価値観。本人が語れないなら、本人ならどう考えたかを家族とともに推定する。
選択肢を示す「する/しない」の二択ではない。少量にとどめる、期間を区切って試す、中止の条件をあらかじめ決めるという選択肢がある。
繰り返し話す一度の説明で決めない。状態が変われば結論も変わってよい。
栄養を差し控えることと、何もしないことは違います。口腔ケア、少量でも味わえる経口摂取、体位の工夫、苦痛の緩和は最後まで続きます。差し控えの判断は、放置の言い換えであってはなりません。

日本老年医学会は「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン ── 人工的水分・栄養補給の導入を中心として」を公表しており、判断の枠組みとして参照できます。研修医が一人で決める問題ではありませんが、問いの立て方を知っておくことが、指導医と話すための出発点になります。

症例

この章の症例

77歳男性。糖尿病性腎症による血液透析歴5年。誤嚥性肺炎で入院、嚥下障害のため経鼻胃管を留置し経腸栄養を開始することになった。身長 165 cm、ドライウェイト 54 kg。HbA1c 7.2%。
研修医は「腎不全だからたんぱく制限、糖尿病だから糖質も制限。腎不全用の低たんぱく製品を1日1,200 kcal」と計画した。この計画をどう修正するか。
1透析患者のたんぱく質は
制限ではなく、むしろ多めに必要です。
透析導入後は 1.0〜1.2 g/kg/日。ドライウェイト 54 kg なら 54〜65 g/日 です。
透析でアミノ酸が失われるため、保存期と同じ制限を続けると低栄養(protein energy wasting)を招きます。
「腎不全=たんぱく制限」を機械的に当てはめたのが最初の誤りです。
2では低たんぱく製品は使えないのか
腎不全用製品にはたんぱく量の異なる型があります。低たんぱく型(LP)は保存期向けで、透析患者にはたんぱく質を多めに含む型(MP)が適します。
ただしK・Pの制限は透析患者でも必要なので、標準的な製品より腎不全用のほうが管理しやすい面があります。
大事なのは腎不全用かどうかではなく、たんぱく質・K・Pがそれぞれいくらかを見ることです。
3糖尿病はどう扱うか
HbA1c 7.2% は比較的良好です。まず総量とGIRを確認し、それが適切なら糖質調整製品にこだわる必要はありません。
1,200 kcal のうち糖質が仮に 165 g なら、GIR は 165×1000÷54÷1440 = 約2.1 mg/kg/分。上限の4〜5には余裕があります。
血糖が上がる最大の原因は糖質の種類ではなく総量です。製品を変える前に量を見る、という順番を守ってください。
「腎不全だからたんぱく制限」が誤り。透析患者は 1.0〜1.2 g/kg/日 = 54〜65 g を目指す。
制限すべきはたんぱく質ではなくK・P・水分・塩分です。腎不全用製品を使うにしても、低たんぱく型ではなくたんぱく質を確保できる型を選びます。
糖尿病については、製品を変える前にGIRと総量を確認する。
病態別の栄養は、製品名を覚えることではなく、必要量のどの項目を動かすかを決めることです。
この章の要点
次のステップ
まとめ早見表数字を1ページに。当直で開く用。 NST栄養管理シミュレーター必要量を算出し、41製品から組み立てて充足率と安全性を確認する。 講義一覧に戻る章の一覧と進捗
免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載内容は一般的な目安であり、実際の投与量・投与速度は個々の患者の病態、腎機能・肝機能、施設のプロトコル、および最新の添付文書に従って判断してください。最終的な判断は必ず担当医師が行ってください。