抗菌薬なら「いつ始めるか」を誰かが問います。栄養は誰も問わないまま、点滴だけで1週間が過ぎます。栄養は、決める人がいなければ決まりません。 決め方の順番は4つです。①見つける → ②量を決める → ③ルートを選ぶ → ④安全に始める 。この順番を8章で通します。途中で何度も戻ってくる注意が1つあります。落とし穴は入れなさすぎより、急に入れすぎです。
§ 1
なぜ栄養を「決める」必要があるのか
急性期病院の入院患者では、およそ3〜5人に1人 が低栄養、あるいは低栄養のリスクありと判定されます。高齢者、がん、心不全、COPD、慢性腎臓病では、その割合はさらに上がります。
低栄養は創傷治癒の遅延、感染の増加、筋力低下による廃用、入院期間の延長、再入院、死亡 と、ほぼすべてのアウトカムに関わります。痩せて見えるかどうかとは別の話です。
困るのは低栄養そのものより、誰も決めないまま日数が経つことです。 絶食の指示は出せても、「では栄養はどうするか」は指示簿に現れません。主治医が意識的に決めない限り、患者は末梢輸液だけで数日を過ごします。
具体的な数字を先に出します。3号液(維持液)を1日1,500mL入れても、およそ258 kcal・アミノ酸ゼロです。 必要量が1,400 kcal の患者なら、充足率は2割に届きません。点滴が入っていることと栄養が足りていることは、別々に確認する必要があります。計算の詳細は第5章 で扱います。
§ 2
痩せていなくても低栄養
定義でつまずく原因は、たいてい見た目の痩せと低栄養を同一視すること です。BMI 26 の患者が低栄養であることは普通にあります。
現在の国際基準である GLIM基準 (Global Leadership Initiative on Malnutrition、2018年提唱)は、低栄養を2つの側面の組み合わせ として定義しました。
出典:Cederholm T, et al. GLIM criteria for the diagnosis of malnutrition: a consensus report from the global clinical nutrition community. Clin Nutr. 2019;38(1):1-9.
表現型(phenotypic)
結果として体に現れているもの 体重が減った/BMIが低い/筋肉が落ちた
病因(etiologic)
なぜそうなったか 食べられていない/消化吸収が落ちている/炎症や疾患の負荷がある
表現型が1つ以上 かつ 病因が1つ以上 → 低栄養と診断する
効いてくるのは「かつ」です。体重が減っただけなら、意図的な減量かもしれません。食べていないだけなら、まだ体に現れていない段階です。原因と結果が揃って初めて低栄養 になります。
§ 3
GLIM基準の中身
実際のカットオフは次のとおりです。アジア人ではBMIの基準が欧米と異なる ので、そこだけ注意してください。
診断がついたら重症度 を判定します。重症度は表現型項目だけ で決めます。日本人を対象とした検証で用いられた基準では、次のいずれか1つでも該当すれば重度(Stage 2)です。
体重減少 10%超/6か月 または 20%超/6か月超
BMI 70歳未満 17.0未満 / 70歳以上 17.8未満
筋肉量が中等度の基準よりさらに低下
筋肉量が測れなくても診断はつきます。 表現型は3項目のうち1つ該当すればよい ので、体重減少かBMIのどちらかで足ります。測定機器がないことを理由に評価を止めないでください。
§ 4
入院した日に、全員に
GLIM基準は2段階 の仕組みです。まず検証済みのスクリーニングツール でふるい分け、引っかかった人だけ詳細評価に進みます。
どれを使うかは施設の運用に合わせて構いません。条件は改変せずに使う ことだけです。項目を足したり削ったりした時点で、そのツールの検証データは当てはまらなくなります。
入院時に管理栄養士やNSTがスクリーニングを回してくれる施設なら、研修医の仕事は
その結果を見て、次の一手を決める ことです。その一手を
第2章 以降で扱います。
§ 5
アルブミンは栄養の指標ではない
血清アルブミンは栄養状態の指標として使えません。 GLIM基準の表現型にも病因にも、アルブミンは入っていません。理由は3つあります。
炎症で下がる。 アルブミンは負の急性期蛋白で、CRPが上がる状況では栄養と無関係に低下します。肺炎で入院した初日の Alb 2.8 は、低栄養ではなく炎症を見ています。
半減期が長い(約3週間)。 数日の栄養介入では動きません。逆に、良くなったことの証明にも使えません。
体液量に左右される。 希釈でも下がり、脱水でも上がります。
「Alb が低いから栄養を入れる」も「Alb が上がらないから栄養が足りない」も、論法として成立しません。 アルブミンが低い患者の予後が悪いのは事実です。ただしそれはアルブミンが重症度のマーカーだから で、アルブミンを上げれば予後が良くなるという話にはつながりません。
代わりに見るのは体重の推移 と実際の摂取量 です。地味ですが、この2つが一番よく当たります。プレアルブミン(トランスサイレチン、半減期約2日)は反応が速いぶん有用な場面もありますが、これも炎症の影響を受けます。
§ 6
ベッドサイドの3つの質問
当直帯や外来で、道具がなくても低栄養を疑える聞き方です。
1
体重は減っていますか
「服がゆるくなった」「ベルトの穴が変わった」は、本人が体重を知らなくても拾えます。介護サービスの記録やケアマネージャーが過去の体重を持っていることも多い。
2
いつから、どれくらい食べていませんか
食欲がない、ではなく割合と期間 を聞きます。「半分くらいが2週間」なのか「ほとんど食べずに10日」なのかで、後の章の判断(refeedingリスク)が変わります。
3
ふくらはぎを握ってみましたか
下腿周囲長は測定器がなくても、両手の親指と人差し指で輪を作って囲む 方法で代用できます。輪より細ければ筋肉量減少を疑います。
この3つはいずれもGLIM基準の項目に直結 しています。体重減少=表現型、摂取量=病因、下腿周囲長=表現型。つまりベッドサイドの3分で、GLIMの5項目のうち3つが埋まります 。
症例
この章の症例
82歳女性 。誤嚥性肺炎で入院。身長 148 cm、体重 41 kg(BMI 18.7 )。2か月前の外来受診時は 45 kg。同居の娘によると「ここ1か月はお粥を半分くらい」。入院時 Alb 2.6 g/dL、CRP 9.8 mg/dL 。 研修医は「Alb 2.6 だから低栄養、栄養を入れよう」とカルテに書いた。この記載のどこが問題か。そしてこの患者は低栄養か。
1 Alb 2.6 は何を見ているか
CRP 9.8 の急性炎症下です。アルブミンは負の急性期蛋白 なので、この値は肺炎の重症度を反映しており、栄養状態を表していません。半減期約3週間なので、そもそも「1か月前からの摂取不良」を鋭敏に映すこともできません。栄養の評価は、Alb を見ない前提で組み立ててください。
2 GLIMの表現型を埋める
体重減少 :45 → 41 kg = 4 kg 減。減少率は 4 ÷ 45 = 8.9% 。期間は2か月(6か月以内)なので、基準の 5%超 を満たします。該当。 低BMI :18.7。70歳以上のカットオフ 20未満 を満たします。該当。 → 表現型は2項目該当。BMI 18.7 は「やや細い」程度に見えますが、70歳以上では基準が20に上がる のがポイントです。
3 病因を埋めて、重症度まで出す
摂取量減少 :お粥を半分が1か月=「何らかの摂取量低下が2週間超」に該当。該当。 疾患・炎症 :誤嚥性肺炎という急性疾患。該当。 → 表現型1つ以上 かつ 病因1つ以上 を満たすので低栄養と診断 。重症度 :体重減少 8.9%(10%超ではない)、BMI 18.7(70歳以上の重度基準 17.8未満 ではない)→ 中等度(Stage 1) 。
✅
GLIM 基準で中等度低栄養。根拠になるのは Alb 2.6 ではなく、次の3つです。 「2か月で8.9%の体重減少」+「1か月の摂取量低下」+「急性炎症」 。カルテにはこの3つを書いてください。
誤嚥性肺炎の患者なので、次に決めるのは
「腸が使えるか、いつから、どのルートで」 。
第3章 へ続きます。
この章の要点
決める順番は①見つける→②量を決める→③ルートを選ぶ→④安全に始める 。栄養は、決める人がいなければ決まらない。
GLIM基準は表現型1つ以上 かつ 病因1つ以上 。原因と結果が揃って初めて低栄養で、BMIが高くても低栄養はありうる。
表現型=体重減少・低BMI・筋肉量減少/病因=摂取量低下・疾患や炎症。3項目のうち1つ該当すればよいので、筋肉量が測れなくても診断はつく。
カットオフは体重減少 6か月で5%超 、BMI 70歳未満18.5未満・70歳以上20未満 (アジア基準)。重症度は表現型だけで判定し、体重減少10%超/6か月、BMI 70歳未満17.0未満・70歳以上17.8未満で重度。
アルブミンは栄養の指標にならない。 炎症で下がり、半減期3週間で動かず、体液量にも左右される。代わりに体重の推移と実際の摂取量を見る。
体重・摂取量・下腿周囲長の3つを聞くだけで、GLIMの5項目のうち3つが埋まる。
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次のステップ
第2章:必要量を決める 何 kcal・何 g のたんぱく質・何 mL の水分が要るのか。体重はどれを使うのか。
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免責事項: 本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載内容は一般的な目安であり、実際の投与量・投与速度は個々の患者の病態、腎機能・肝機能、施設のプロトコル、および最新の添付文書に従って判断してください。最終的な判断は必ず担当医師が行ってください。