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第 4 章 ・ 実践

経腸栄養の実際

何 mL/時で始めるか/どう増やすか/製品の選び分け/下痢・嘔吐・逆流への対応/半固形とゲル化の使いどころ。

経腸栄養で研修医が困るのは、始めることより始めたあとに起きるトラブルです。下痢、嘔吐、胃残量、逆流。そのたびに「経腸は無理でした」と中止されていきます。しかし多くの場合、犯人は速度・濃度・製品・体位のどれかで、腸そのものではありません。中止せずに続けるための実務を扱います。
§ 1

開始と増量の数字

製品の添付文書に書かれている標準的な進め方は、おおむね次のとおりです。

項目目安
開始速度20〜50 mL/時(低栄養やリスクが高ければさらに低速)
維持速度75〜125 mL/時(製品の添付文書が定める上限を超えない)
増量ペース忍容性を見ながら1日ごとに 20〜25 mL/時ずつ。目標到達は3〜7日
初期の濃度製品によっては水で薄めて 0.5 kcal/mL から開始(ラコールNFなど)
「開始は早く、増量はゆっくり」第3章)をここでも守ります。とくに10日以上ほとんど食べていなかった患者では、この増量ペースでも速すぎることがあります。第6章のrefeedingリスク評価を先に済ませてください。

投与方法は持続間欠(ボーラス)があります。幽門後投与(十二指腸・空腸)は必ず持続です。胃内投与なら間欠も可能で、生理的なリズムに近く、リハビリの時間を確保しやすい利点があります。

§ 2

製品をどう選ぶか

製品は数が多くて迷いますが、選ぶ軸は4つだけです。

選び方
①医薬品か食品か保険で処方できるかが変わります。エンシュア・ラコール・エネーボ・イノラス・エレンタール・ツインラインは医薬品。メイバランス・グルセルナ・ペプタメン・ハイネックス・リーナレンは食品(食事扱い)。
②濃度1.0 kcal/mL が標準。水分制限があるなら1.5〜1.6 kcal/mL。濃いほど水分が足りなくなる
③窒素源の形半消化態(たんぱく質のまま)が基本。消化吸収が落ちていれば消化態(ペプチド)、さらに落ちていれば成分栄養(遊離アミノ酸)。
④病態別腎不全・肝不全・糖尿病・呼吸不全に対応した製品がある(第8章)。
消化態に変えても下痢は治りません。消化態・成分栄養は浸透圧が高いため、むしろ下痢を起こしやすい面があります。エレンタールは浸透圧が高く、濃度が濃い・速度が速いと下痢や投与後のダンピング様低血糖を起こします。消化態に変える前に、まず速度を見直してください。

具体的な製品の組成と使い分けはNST栄養管理シミュレーターに41製品分を収載しています。ここでは「軸」だけ押さえてください。

§ 3

中止する前に確認する5つ

経腸栄養中の下痢で、原因が「栄養剤そのもの」であることは実は多くありません。中止する前に順に確認します。

1
薬剤ではないか
最も多い原因。抗菌薬、マグネシウム含有制酸剤、緩下剤、そしてソルビトールを含む液剤(多くのシロップ剤)。まず薬歴を見てください。
2
Clostridioides difficile ではないか
抗菌薬使用歴があり、発熱・白血球増多を伴うなら検査する。これを見落として「栄養剤のせい」にすると危険です。
3
速度が速すぎないか
最も是正しやすい。いったん半分の速度に落として反応を見ます。
4
浸透圧が高すぎないか
成分栄養・消化態は浸透圧が高い。標準的な半消化態に戻すか、濃度を下げる。
5
温度・衛生・食物繊維
冷たいまま急速に入れていないか。開封後の管理は適切か。食物繊維を含む製品への変更が有効なこともある。
下痢が出ても、まず中止しないでください。中止すれば腸はさらに萎縮し、次に再開するときはもっと下痢しやすくなります。速度を落として続けるのが原則です。
§ 4

嘔吐・逆流・誤嚥への対応

胃食道逆流と誤嚥性肺炎は、経腸栄養で避けたい合併症です。対応は4つの層に分かれます。

具体策
①体位頭位を30〜45度挙上し、投与中と投与後1時間は保つ。基本でありながら、最も守られていない。
②速度・量1回量を減らして回数を増やす、または持続投与に変える。
③形状半固形製剤または胃内でゲル化する製剤に変更する。
④ルートそれでも改善しなければ幽門後投与(経鼻空腸・腸瘻)へ。

胃残量(GRV)の測定は、かつてルーチンに行われていましたが、現在は単独では中止の根拠にならないとされています。GRVが多いことと誤嚥が起こることは、必ずしも一致しません。嘔吐や腹部膨満といった臨床所見と合わせて判断してください。

半固形とゲル化は別物です。
半固形剤(イノソリッド配合経腸用液など)は最初から粘度が高く、胃瘻からの短時間注入が前提です。粘度が高いので経鼻チューブや腸瘻には使えません。
胃内ゲル化製剤(ハイネックスイーゲルなど)は投与時は液体で、胃酸に触れてゲル化します。細いチューブを通せるのが利点です。
ゲル化製剤には条件があります。メーカーが「胃酸の分泌量や酸度の違いによって、ゲル状に変化しない場合があります」と明記しています。PPIやH2ブロッカーを併用している患者、胃酸分泌が低下した高齢者では、期待した逆流防止効果が得られない可能性があります。誤嚥性肺炎の予防目的で選ぶときほど、この点を確認してください。
§ 5

チューブを詰まらせない

「水分は栄養剤とは別に足す」という発想を持ってください。フラッシュの白湯も、脱水対策の追加水分も、栄養剤の水分量とは別に計算します。第2章の水分計算に戻って、1日の合計で見てください。
症例

この章の症例

79歳女性。誤嚥性肺炎後、経鼻胃管で経腸栄養中(1.0 kcal/mL の標準製品を 100 mL/時、1日 1,200 kcal)。第5病日から1日6〜8行の水様便。発熱 37.8℃、WBC 11,200、CRP 4.2。抗菌薬はアンピシリン/スルバクタムを第1病日から投与中。逆流予防にランソプラゾールを併用。
看護師から「下痢がひどいので経腸を止めますか」と相談された。どう答えるか。
1まず何を除外するか
Clostridioides difficile 感染です。
抗菌薬(ABPC/SBT)を5日間使用中、発熱・白血球増多・CRP上昇を伴う水様便 ── これを「栄養剤による下痢」と片付けるのが最も危険なパターンです。CDトキシン/GDH抗原の検査を出してください。
あわせてPPI併用もCDIのリスク因子です。ランソプラゾールの適応も見直す価値があります。
2薬剤性の要素はないか
経管投与している薬剤の剤形を確認します。ソルビトールを含む液剤(シロップ剤)は浸透圧性下痢の頻度の高い原因です。マグネシウム含有の制酸剤や緩下剤が漫然と続いていないかも確認。
投与速度 100 mL/時 は維持速度としては標準内ですが、下痢が出ている以上いったん半分に落とすのは妥当な一手です。
3経腸栄養は止めるべきか
原則として止めません。止めれば腸絨毛は萎縮し、再開時にはさらに下痢しやすくなります。
やることは①原因検索(CDI・薬剤)②速度を半分に減速 ③体位と衛生の確認であって、中止ではありません。
CDIが判明すれば、その治療(経口バンコマイシンなど)を行いつつ経腸栄養は継続します。CDI自体は経腸栄養の禁忌ではありません。
「止めません。まずCD検査を出し、薬剤を見直し、速度を50 mL/時に落として続けます。」
抗菌薬使用中・発熱・炎症反応上昇を伴う水様便は、まずCDIを疑うのが順番です。「栄養剤のせい」で思考を止めると、感染症を見逃します。
下痢は中止の理由ではなく、原因を探す合図です。
この章の要点
次のステップ
第5章:静脈栄養の実際3号液の誤解、GIR、脂肪乳剤の速度、そしてビタミンB1。 講義一覧に戻る章の一覧と進捗
免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載内容は一般的な目安であり、実際の投与量・投与速度は個々の患者の病態、腎機能・肝機能、施設のプロトコル、および最新の添付文書に従って判断してください。最終的な判断は必ず担当医師が行ってください。