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第 3 章 ・ ルート選択

経腸か静脈か

腸が使えるなら腸を使う/なぜ腸を使うのか/経腸の禁忌/いつ始めるか/経鼻と胃瘻の分かれ目/静脈栄養に踏み切る条件。

栄養のルートを決める原則は腸が使えるなら腸を使う(If the gut works, use it)。根拠は感覚ではなく、腸を使わないと腸そのものが壊れるという具体的な事実です。その事実と、原則を曲げるべき例外(本当の禁忌)を見ていきます。
§ 1

なぜ腸を使うのか

腸管は、体内最大の免疫臓器であり、内と外を隔てるバリアです。単なる「食べ物が通る管」として扱うと見落とします。使わないでいると、次のことが起こります。

腸は使わないと衰える
だから「少しでも使う」ことに意味がある

ここから実務的な帰結が出ます。必要量の全部を経腸で賄えなくても、経腸を「ゼロ」にしない。静脈栄養が主体でも、1日 200〜400 kcal 程度の少量の経腸栄養(trophic feeding、腸管刺激目的の少量投与)を併用する意義があります。

§ 2

経腸栄養が「できない」のはどんなときか

禁忌は意外に限られています。多くの「できない」は、実は「やり方を変えればできる」です。

状況判断
腸閉塞(機械的)禁忌。閉塞部より先に届かない。
腸管虚血禁忌。虚血腸管への負荷は致命的になりうる。
活動性の消化管出血禁忌。止血が優先。
難治性の嘔吐・下痢相対的禁忌。原因(薬剤・感染・速度)を是正して再挑戦する。
循環動態が不安定相対的禁忌。高用量の昇圧薬を要する状態では腸管虚血のリスクがあるため、安定するまで待つか少量にとどめる。
誤嚥のリスクが高い禁忌ではない。頭位挙上・半固形化・幽門後投与などで対応する(第4章)。
腸蠕動音が弱い禁忌ではない。腸音は経腸開始の判断基準にならない。
術後で「まだ早い」禁忌ではない。多くの消化管術後で早期経腸は安全とされる。
腸蠕動音は経腸栄養の可否を決めません。腸音の有無は腸管の吸収能を反映しないからです。「排ガスがないから」も同じで、開始を遅らせる根拠にはなりません。
§ 3

48時間以内に始める

腸が使えると判断したら、早く始めるほうがよいというのが現在の考え方です。重症患者では入室後 24〜48時間以内の開始が推奨されます。

ここで「早く始める」と「早く目標量まで上げる」を分けてください。開始は早く、増量はゆっくりが原則です。とくに低栄養が背景にある患者では、増量を急ぐことがrefeeding症候群の引き金になります。

開始のタイミング
早く
24〜48時間以内。腸を眠らせない。
目標量への到達
ゆっくり
数日〜1週間かけて。急性期の overfeeding は害。

一方、静脈栄養を「いつ足すか」は別の判断です。もともと栄養状態が良好な患者なら、経口・経腸だけで不十分でも数日〜1週間程度は待てます。しかし、すでに低栄養がある患者では待てません。第1章のGLIM評価が、ここで効いてきます。

§ 4

ルートは4週間で分かれる

経腸と決めた後、次に選ぶのは「どこから入れるか」です。判断軸は期間誤嚥リスクの2つです。

ルート想定期間特徴・注意
経口制限なし可能なら常に第一選択。嚥下評価とトロミ調整、間食・栄養補助食品の活用から始める。
経鼻胃管4週間まで最も手軽。長期になると鼻翼潰瘍・副鼻腔炎・不快感・自己抜去が問題になる。
胃瘻(PEG)4週間を超える見込み安定して長期投与できる。半固形製剤が使えるのは基本的にここ。
幽門後(経鼻十二指腸・空腸/腸瘻)状況による胃内投与で誤嚥や胃排出遅延が問題になるとき。持続投与が基本で、半固形は使えない。
「4週間」は目安です。決まりとして運用するより、「いつまで必要か」を最初に見積もることのほうが大事です。見積もらずに経鼻で始めると、そのまま3か月経ってしまいます。逆に、回復が見込める患者に安易に胃瘻を作るのも避けるべきです。
§ 5

静脈栄養は末梢か中心か

腸が使えないと判断したら静脈栄養ですが、ここでも末梢(PPN)と中心(TPN)の使い分けがあります。決め手は浸透圧期間です。

末梢静脈栄養(PPN)中心静脈栄養(TPN)
入れられる量1日 800〜1,200 kcal 程度が限界必要量を全部入れられる
浸透圧の制約浸透圧比 約3まで。超えると静脈炎制約なし(血流量が多い)
期間の目安2週間以内長期可能
主な合併症静脈炎・血管痛・穿刺部位の枯渇カテーテル関連血流感染・気胸・血栓

実務的には、「2週間以内に腸が使えるようになりそうか」で分けます。なりそうなら末梢でつなぐ。ならなそうなら、最初から中心静脈を入れるほうが、末梢の血管を潰しながら結局中心に移行するより患者の負担が小さくなります。

中心静脈栄養は、抜くところまでが治療です。カテーテル関連血流感染は死亡率に直結します。腸が使えるようになったら、速やかに経腸へ移行してカテーテルを抜く。「TPNを入れたまま忘れられている患者」を作らないでください。
症例

この章の症例

74歳男性。脳梗塞(右中大脳動脈領域)で入院、左片麻痺と重度の嚥下障害。第3病日、意識は清明だが嚥下訓練の見通しは「数か月単位」と言語聴覚士から報告。循環動態は安定、腹部は平坦・軟、腸蠕動音はやや微弱、排ガスあり。
研修医は「腸蠕動音が弱いので、しばらく末梢輸液で様子を見ます」と考えた。この方針をどう修正するか。
1腸は使えるのか
使えます。禁忌(腸閉塞・腸管虚血・活動性消化管出血・難治性嘔吐・循環動態不安定)はいずれもありません。
腸蠕動音が弱いことは経腸栄養の禁忌になりません。腸音は吸収能を反映しないので、開始を遅らせる根拠にはなりません。
嚥下障害は経口が使えないだけであって、腸が使えないわけではありません。この区別が重要です。
2どのルートを選ぶか
見通しが「数か月単位」である点が決め手です。
4週間を超える見込みなので、最終的には胃瘻(PEG)が候補になります。ただし脳梗塞は急性期に嚥下機能が改善することがあるため、まず経鼻胃管で開始し、数週間かけて嚥下機能の回復を見てから胃瘻を判断するのが一般的な進め方です。
「最初から胃瘻」も「ずっと経鼻」も、どちらも思考停止です。
3末梢輸液で様子を見るとどうなるか
3号液 1,500 mL/日では約258 kcal・アミノ酸ゼロです。必要量が 1,400 kcal 前後の患者なら、充足率は 2割弱。
これを「様子を見る」と表現している間に、腸絨毛は萎縮し、筋肉は落ち、嚥下訓練に必要な体力も失われます。脳梗塞後のリハビリは栄養が支えるので、ここでの遅れは機能予後に直結します。
「様子を見る」を方針として書くなら、いつまで何を待つのかまで決めてください。
第3病日のうちに経鼻胃管で経腸栄養を開始する。
腸に禁忌はなく、腸蠕動音の微弱は理由になりません。嚥下障害が示すのは「経口が使えない」ことだけで、腸そのものは使えます。この切り分けが要点です。
数週間の経過で嚥下機能の回復を評価し、4週間を超える見込みが固まった時点で胃瘻を検討します。実際の開始速度と増量の仕方は第4章へ。
この章の要点
次のステップ
第4章:経腸栄養の実際何 mL/時で始めて、どう増やし、下痢と逆流にどう対応するか。 講義一覧に戻る章の一覧と進捗
免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載内容は一般的な目安であり、実際の投与量・投与速度は個々の患者の病態、腎機能・肝機能、施設のプロトコル、および最新の添付文書に従って判断してください。最終的な判断は必ず担当医師が行ってください。