シリーズを通して繰り返してきた落とし穴は入れなさすぎより、急に入れすぎの正体が、この章です。refeeding症候群は、飢餓状態の患者に栄養を再開したときに起こる代謝性の合併症で、致死的な不整脈・呼吸不全・意識障害を引き起こします。しかも熱心に栄養を入れようとする医師ほど起こしやすい合併症です。
§ 1
何が起きているのか
飢餓状態では、体はエネルギー源を糖から脂肪・蛋白へ切り替えています。このとき細胞内のリン・カリウム・マグネシウムはじわじわと枯渇していますが、血中濃度は保たれています。ここが最初の罠です。
飢餓中の血清 P・K・Mg が正常でも
細胞内はすでに枯渇している
ここに糖が入ると、次の連鎖が起こります。
1
インスリンが一気に分泌される
糖の流入により、抑制されていたインスリン分泌が急激に再開する。
2
P・K・Mg が細胞内へ移動する
インスリンは糖とともにこれらの電解質を細胞内へ引き込む。血中濃度が急落する。
3
ATP産生と解糖にリンが消費される
代謝が再開すると、リンはATPと2,3-DPGの材料として大量に消費され、低リン血症がさらに進む。
4
ビタミンB1が枯渇する
糖代謝の補酵素として消費され、乳酸アシドーシスとWernicke脳症を招く(
第5章)。
5
ナトリウムと水を貯留する
インスリンは腎でのNa再吸収を促す。心不全・肺水腫の一因になる。
結果として現れるのが、致死的不整脈(低K・低Mg)、呼吸筋力低下と呼吸不全(低P)、横紋筋融解、溶血、意識障害、心不全です。低リン血症はATPと2,3-DPGの不足を通じて、全身の細胞機能とヘモグロビンの酸素放出まで障害します。
§ 3
初日に何 kcal から始めるか
ここが実務の核心です。必要量を計算したこととは無関係に、開始量は別に決めます。
ASPEN 2020 のコンセンサスも同様の方向で、最初の24時間はブドウ糖 100〜150 g、または 10〜20 kcal/kgから開始し、1〜2日ごとに目標の33%ずつ増やすとしています。表現は違いますが、「初日は目標の1〜2割、数日かけて上げる」という点で一致しています。
体重50 kgの高リスク患者なら
初日は 500 kcal 程度(10 kcal/kg)
「低栄養だから早く栄養を入れなければ」という善意が、いちばん危険です。飢餓が長いほど必要量との差は大きく見えますが、飢餓が長いほど開始量は少なくしなければなりません。この逆転をそのまま持って帰ってください。
§ 4
始める前のビタミンB1と電解質
栄養を始める前にやることが2つあります。
① ビタミンB1
糖を入れる前に投与する。NICEは経口チアミン200〜300 mg/日を、投与開始直前から最初の10日間。静注ならブドウ糖開始前に200〜300 mgを投与し、数日継続。
② 電解質
開始前に P・K・Mg を測定し、低値なら補正しながら開始する。正常化を待って絶食を続けるより、補正と栄養を並行させる。
NICE が示す補充量の目安は次のとおりです。
カリウム : 2〜4 mmol/kg/日
リン酸 : 0.3〜0.6 mmol/kg/日
マグネシウム: 0.2 mmol/kg/日(静注)
電解質異常そのものの補正手技は、電解質・輸液ノートが担当します。低K・低P・低Mgの具体的な補正速度や製剤の選び方は
電解質・輸液ノートを参照してください。ここでは
「refeedingでは3つが同時に落ちる」という点を押さえてください。
§ 5
何をいつ測るか
モニタリングの頻度は、リスクの高さで決めます。
ASPEN 2020 は診断基準も定めました。栄養再開から5日以内に、P・K・Mg のいずれかが以下の割合で低下した場合です。
見るのは「どれだけ下がったか」です。基準値を下回るのを待つ必要はありません。開始前 P 3.5 mg/dL が翌日 2.6 mg/dL になれば、まだ基準値内に近くても26%の低下=中等症です。基準値の下限を割るのを待つと、対応が遅れます。
低下を認めたら、増量を止めて(あるいは減らして)電解質を補正します。栄養を完全に止める必要は通常ありません。
症例
この章の症例
68歳女性。独居。近隣住民の通報で発見され搬送。身長 152 cm、体重 32 kg(BMI 13.9)。本人の話では「1か月近くほとんど食べていない」。
初診時:P 3.2 mg/dL、K 3.6 mEq/L、Mg 1.9 mg/dL(いずれも基準値内〜下限)、血糖 78 mg/dL、Alb 2.4 g/dL。
研修医は「BMI 13.9 で著しい低栄養。必要量は 25 kcal/kg × 32 kg = 800 kcal だが、体重を戻したいので初日から1,200 kcalを経鼻胃管で開始しよう」と考えた。この方針の何が危険か。
1リスクを判定する
NICE基準の「1つでも該当すれば高リスク」を見ます。
・BMI 13.9(16未満) → 該当
・1か月近くほとんど摂取なし(10日超) → 該当
2項目該当し、高リスクです。
さらに BMI 14未満 という条件から、「きわめて高リスク」に分類されます。
電解質が基準値内であることは安心材料になりません。飢餓中は細胞内が枯渇していても血中は保たれます。
2開始量はいくらか
きわめて高リスクなので 5 kcal/kg/日。
5 × 32 = 160 kcal/日。
研修医が予定した 1,200 kcal の7分の1以下です。必要量として計算した 800 kcal ですら、初日には多すぎます。
そこから4〜7日以上かけて、電解質を見ながら段階的に上げます。「体重を戻したい」という動機で初日の量を決めてはいけません。
3栄養を始める前にやることは
①ビタミンB1の投与:糖を入れる前に。チアミン 200〜300 mg を静注し、最初の10日間継続します。1か月の絶食はB1貯蔵(2〜3週間分)を使い切るのに十分です。
②電解質の測定と補正の準備:現在は基準値内でも、開始後に急落します。12時間ごとのP・K・Mg測定をあらかじめ指示に入れておきます。
③モニタリング体制:心電図モニター、体重・尿量・浮腫の連日評価。低Kと低Mgは致死的不整脈につながります。
✅ 初日 1,200 kcal は「きわめて高リスク」患者に対して致死的になりうる量。正しくは 5 kcal/kg/日 = 約160 kcal から。
栄養より先にビタミンB1、開始前に電解質を測り、12時間ごとにP・K・Mgを追う。
飢餓が長いほど「早く入れたい」と思いますが、飢餓が長いほど開始量は少なくする。この逆説が、この章のすべてです。
この章の要点
- 飢餓中は血清 P・K・Mg が正常でも細胞内は枯渇している。正常値は安心材料にならない。
- 糖の流入 → インスリン分泌 → P・K・Mgが細胞内へ移動して血中が急落する。B1も消費される。
- NICE高リスク:BMI 16未満/体重減少15%超/10日超の絶食/開始前の低K・低P・低Mgのいずれか1つ。
- 開始量は高リスクで10 kcal/kg/日、きわめて高リスク(BMI 14未満・15日超の絶食)で5 kcal/kg/日。目標到達は4〜7日以上かけ、ASPENは「1〜2日ごとに目標の33%ずつ」。
- 糖より先にビタミンB1。NICEはチアミン200〜300 mg/日を最初の10日間。電解質は補正しながら栄養を始める。
- 最初の3日間は12時間ごとにP・K・Mg。ASPEN診断基準は基準値ではなく低下率(10-20%軽症/20-30%中等症/30%超が重症)。
- 飢餓が長いほど開始量は少なくする。「早く入れたい」という善意がいちばん危険。
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次のステップ
第7章:モニタリングと合併症始めたあと、何を追い続けるのか。高血糖・肝障害・カテーテル感染・微量元素。
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免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載内容は一般的な目安であり、実際の投与量・投与速度は個々の患者の病態、腎機能・肝機能、施設のプロトコル、および最新の添付文書に従って判断してください。最終的な判断は必ず担当医師が行ってください。