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第 8 章 ・ 輸液

輸液の考え方

何のための輸液か/製剤の中身を知る/自由水で考える/電解質異常での選択。

「とりあえずソルデム 3A」と書いてしまう前に、その輸液が何を届けようとしているのかを言葉にできるようになりましょう。輸液のオーダーは目的 → 中身 → 量の順で決めます。ここまでの7章を使えば、その判断はすでにできるはずです。
§ 1

まず目的を3つに分ける

目的何を届けるか典型的な製剤
① 蘇生・補充
resuscitation
血管内容量を今すぐ増やす細胞外液(生理食塩水・リンゲル液)
② 維持
maintenance
飲めない間の水・電解質の1日必要量維持液(3号液)
③ 補正
correction
特定の異常を狙って直す3% 食塩水・5% ブドウ糖・K 添加液など
よくある誤りは、①を②の製剤でやろうとすることです。ショックの患者に維持液(3号液)を全開で入れても、血管内にはほとんど残りません(第1章)。循環を支えるなら細胞外液です。
§ 2

製剤の中身を知る

製剤NaK性格
生理食塩水15400細胞外液。Cl も 154 と高い
乳酸/酢酸リンゲル約13040細胞外液。血漿に近くCl が低め
1号液(開始液)約9002.6%K を含まない。腎機能不明時の初期に
3号液(維持液)約35204.3%維持用。低張なので補充には不向き
5% ブドウ糖005%実質自由水。糖は代謝され水が残る
3% 食塩水51300高張。症候性低 Na の初期補正用

※ 数値は代表的な製品のおおよその値(mEq/L)。実際の組成は製品ごとに異なるため、必ず添付文書を確認してください。

1号液に K が入っていない意味を押さえてください。搬送されたばかりで腎機能も尿量も分からない患者に、K の入った輸液を入れるのは危険です。だから開始液なのです。腎機能と尿が確認できてから 3号液へ移行します。
生理食塩水の大量投与は高 Cl 性代謝性アシドーシスを起こします(AG 正常性)。Cl 154 mEq/L は血漿(約 103)よりかなり高いためです。大量輸液が必要な場面ではリンゲル液のほうがバランスがよいとされます(血液ガス判読ノート 第5章)。
§ 3

維持輸液の量と中身

成人の1日必要量(目安)
水分25〜35 mL/kg/日
Na1〜2 mEq/kg/日
K0.5〜1 mEq/kg/日
ブドウ糖100〜150 g/日
(蛋白異化の抑制)

体重 60 kg なら水分は約 1500〜2000 mL/日。3号液 500 mL × 3〜4本がおおよそこれに相当し、Na・K もほぼ必要量を満たします。これが「維持液」と呼ばれる理由です。

維持輸液は、入院したら反射的に出すものではありません。食事が摂れている患者に漫然と続けると、溢水・低 Na 血症を招きます。とくに術後や高齢者では ADH が出やすく、低張液を入れ続けると医原性の低 Naを作ります(第2章)。
毎日、まだ必要かを問い直すことが大切です。

喪失分は別に足す

§ 4

輸液が Na をどう動かすか(自由水で考える)

輸液を Na 濃度で見ると、その輸液が血清 Na を上げるか下げるかが分かります。

患者の血清 Na < 輸液の Na 濃度 → 血清 Na は上がる 患者の血清 Na > 輸液の Na 濃度 → 血清 Na は下がる 例)血清 Na 118 の患者に生食(Na 154)→ 上がる方向   血清 Na 168 の患者に生食(Na 154)→ 下がる方向(第4章)
ただし、この単純な見方には重大な例外があります。第2章で見た SIADH の desalination です。
尿浸透圧が輸液の浸透圧より高いとき、投与した Na は尿へ捨てられ水だけが残るため、生食を入れても Na は下がります
輸液の組成だけでなく腎臓が何をしているか(尿浸透圧)まで見る必要があります。
§ 5

電解質異常があるときの選択

状況選ぶもの理由・注意
低 Na(脱水あり)細胞外液volume が戻ると ADH が切れて Na が急上昇。頻回に再検(第3章)
低 Na(SIADH)水制限生食は悪化させうる(desalination)
低 Na(症候性)3% 食塩水100〜150 mL を 10〜20 分。上限を厳守
高 Na自由水(経口・経管の水/5% ブドウ糖)循環不安定ならまず細胞外液(第4章)
高 KK を含まない製剤
(生食・1号液)
3号液には K 20 mEq/L が入っている。リンゲル液にも K 4
低 KK 添加(生食で希釈)≤40 mEq/L・≤10〜20 mEq/時。ワンショット禁忌。Mg も測る(第5章)
腎機能不明・搬入直後1号液または生食K を避ける。尿量と腎機能を確認してから移行
大量輸液が必要リンゲル液生食大量では高 Cl 性アシドーシス
迷ったときの安全策:腎機能・尿量・K が分からない段階では K を含まない細胞外液から始め、データが揃ってから最適化する。これで大きく外すことはありません。
§ 6

症例で確認

78歳男性。3日前から食欲低下と嘔吐が続き、本日ぐったりして搬送。
血圧 88/54、脈拍 112、皮膚ツルゴール低下、腋窩乾燥、尿量少量。
既往に慢性腎臓病(かかりつけでの Cr は 1.5 前後)。
Na 128 / K 5.8 / Cl 88 / Cr 2.9 / BUN 68 / 血糖 102
研修医が「低 Na があるので 3号液を全開で入れます」と言っている。
1この指示の何が問題か
問題は2つあります。
①目的と製剤が合っていない:血圧 88/54・頻脈・ツルゴール低下 = 循環血液量が減少しています。必要なのは蘇生・補充であり、3号液は低張の維持液なので血管内にほとんど残りません(第1章)。
②K が入っている:この患者は K 5.8 と高値で、Cr 2.9 と腎機能も悪化しています。3号液には K 20 mEq/L が含まれており、高 K をさらに悪化させます
「低 Na だから」という理由だけで製剤を選ぶと、こうした事故が起きます。
2病態を整理する
低 Na:嘔吐による喪失+volume 低下による ADH 分泌 → hypovolemic hyponatremia(第2章)。可能なら治療前に尿 Na・尿浸透圧を提出しておきます。
高 K:腎前性腎障害(Cr 1.5 → 2.9)による排泄低下。心電図を直ちに確認し、変化があれば第6章の3本柱へ。
Cl 88 と低値:嘔吐による胃酸喪失 → 代謝性アルカローシスが併存している可能性。血液ガスで確認する価値があります。
お薬手帳で ACE-I/ARB・NSAIDs・K 保持性利尿薬を確認します。
3正しい輸液
選択:生理食塩水(細胞外液かつ K を含まない)。
・循環血液量を戻す = 目的に合致
・Na 154 > 患者の Na 128 → Na を上げる方向に働く
・K 0 → 高 K を悪化させない
※ リンゲル液は K 4 mEq/L を含むため、この場面では生食が無難です(ただし K 4 程度の負荷は限定的で、リンゲルが禁忌というわけではありません)。

投与後の注意:volume が戻ると ADH が一気に切れて大量の希釈尿が出て、Na が急上昇します(第3章)。Na を 2〜4 時間ごとに測定し、24 時間で 10 mEq/L を超えないよう管理します。
循環が改善すれば腎機能も回復し、K も自然に下がってくることが多いですが、心電図と K の再検は必須です。
3号液は二重に不適切(低張で循環を支えられない+K 20 を含み高 K を悪化)。正解は生理食塩水。目的(蘇生)・Na 方向・K 含有の3点で選ぶ。投与後は ADH が切れて Na が急上昇することを見越し、頻回に Na を測定する。
この章の要点
次のステップ
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免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載の数値・投与量は一般的な目安であり、輸液製剤の組成は製品により異なります。実際の診療は添付文書・各施設のプロトコルと患者の病態に従ってください。診断・治療の最終判断は必ず担当医師が行ってください。