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第 1 章 ・ ナトリウムと水

体液と浸透圧の基礎

体液はどこにあるか/浸透圧とは何か/なぜ Na は水の指標なのか。すべての章の土台。

電解質でつまずく大きな理由は、Na 濃度と体の塩の量を同じものだと思ってしまうことです。この2つは別物で、しかもしばしば逆に動きます。計算はほとんど出てきません。体液がどこにあり、何が水を動かし、Na 濃度は何を教えてくれるのかを押さえます。ここが分かれば、第2章以降の鑑別は驚くほど素直に解けます。
§ 1

体液はどこにあるか

体重の約 60% が水分です(男性 60%・女性 50% が目安。高齢者はこれより少なめ)。その内訳は覚えておくと、輸液がどこへ行くかを考えるときに役立ちます。

細胞内液(ICF)体重の 40%
間質液15%
血漿5%
← 全体液の 2/3 →← 細胞外液(ECF)1/3 →
区分体重比主な陽イオン
細胞内液(ICF)約 40%K⁺(体内 K の 98% はここ)
細胞外液(ECF)約 20%Na⁺
  └ 間質液約 15%Na⁺
  └ 血漿約 5%Na⁺
この配置が意味すること:Na は細胞外に、K は細胞内に偏在しています。だから血清 K は体内 K 総量をほとんど反映しません(第5章)。一方 Na は細胞外の主役なので、血清 Na は細胞外液の濃さをそのまま表します

輸液はどこへ行くか

輸液 1000 mL血管内に残る量(目安)
5% ブドウ糖液
= 実質「水」
80 mL(全体液に均等に分布)
生理食塩水・リンゲル液
= 細胞外液
250 mL(細胞外に留まる)
点滴 500 mL を全開で入れたのに血圧が上がらない、というのは当然のことがあります。5% ブドウ糖では血管内にほとんど残りません。循環を支えたいなら細胞外液(生食・リンゲル)です(第8章)。
§ 2

浸透圧は水を引っぱる力

水は濃いほうへ動きます。細胞膜は水を自由に通すので、細胞内外の浸透圧は常に等しくなるように水が動きます。臨床で使う式は2つです。

血漿浸透圧(計算値) = 2 × Na + 血糖 ÷ 18 + BUN ÷ 2.8 正常:275 〜 290 mOsm/kg 有効浸透圧(= 張度 tonicity) = 2 × Na + 血糖 ÷ 18 ※ BUN は細胞膜を自由に通るため、水を動かさない
2つの式の違いが重要です。尿毒症で BUN 100 の患者は「計算浸透圧」は高くなりますが、BUN は細胞内外を自由に行き来するので水は動きません。細胞が縮む・膨らむを決めるのは有効浸透圧(張度)のほうです。

浸透圧ギャップで見えない溶質を見つける

浸透圧ギャップ = 実測浸透圧 − 計算浸透圧   正常:10 mOsm/kg 未満

ギャップが開いていれば、式に入っていない何かが血中にあるということです。

AG 開大性代謝性アシドーシス + 浸透圧ギャップ開大を見たら、メタノール/エチレングリコール中毒を強く疑ってください。緊急の解毒(ホメピゾール)と透析の適応になります(血液ガス判読ノート 第5章)。
§ 3

Na 濃度は水の指標である

ここがこのシリーズで最も重要な一文です。

血清 Na 濃度 = 体内 Na 量 ÷ 体内水分量
→ Na 濃度が教えてくれるのは、主に分母(水)のほう

低 Na 血症の患者は塩が足りないのではなく、多くの場合水が多すぎるのです。だから治療は、塩を足すことではなく水を減らすことが基本になります。

決めているもの評価する方法
体液量(volume)体内の Na 総量
Na が多い=体液量が多い
身体所見(浮腫・頸静脈・ツルゴール・血圧)
Na 濃度体内の水の量
水が多い=Na 濃度は低い
血清 Na の測定値
この2つは独立に動きます。だから浮腫があるのに低 Na(心不全・肝硬変)も、脱水なのに低 Na(嘔吐下痢)も、どちらも成立します。体液量と Na 濃度を別々に評価するのが第2章の鑑別の骨格です。

水を動かしている主役は ADH

体内の水を調節しているのは ADH(抗利尿ホルモン、バソプレシン)です。ADH が出ると腎臓で水が再吸収され、尿は濃くなり、血液は薄まります(=Na 濃度が下がる)。

心不全・肝硬変で低 Na になる理由がここで説明できます。体内の Na 総量はむしろ過剰(だから浮腫)なのに、有効循環血漿量が低下しているため ADH が出続け、水がそれ以上に貯まる ― 結果として Na 濃度は下がるのです。
§ 4

低 Na に見えて低 Na でないもの

Na の数字を見たら、まず本当に低張なのかを確認します。ここを飛ばすと治療を誤ります。

タイプ血漿浸透圧正体
高張性低 Na高い高血糖・マンニトール。細胞内から水が引き出され、Na が薄まっている。水は足りていない
等張性低 Na
(偽性低 Na)
正常著明な高 TG 血症・高蛋白血症(多発性骨髄腫)。検査上の見かけで、実際の Na 濃度は正常
低張性低 Na低いこれが本物の低 Na 血症。第2章の鑑別へ進む

高血糖時の補正 Na

補正 Na = 実測 Na + 1.6 ×(血糖 − 100)÷ 100   ※ 血糖 400 mg/dL を超える領域では係数 2.4 を用いる考え方もある 例)血糖 600 mg/dL、実測 Na 128 の場合  128 + 1.6 ×(600 − 100)÷ 100 = 128 + 8 = 136  → 見かけは低 Na だが、水で薄まっているだけ
DKA・HHS で「低 Na だから生食で Na を上げよう」は誤りです。補正 Na で見れば正常〜高値のことが多く、この患者に本当に必要なのは血糖を下げること水分の補充です。血糖が下がるにつれて Na は自然に上がってきます。
§ 5

症例で確認

58歳男性。2型糖尿病で通院中だが自己中断。3日前から口渇・多尿・全身倦怠感。意識はやや傾眠。
血糖 780 mg/dL / Na 126 mEq/L / K 4.8 / BUN 42 / Cr 1.6
研修医が「低 Na があるので生理食塩水で Na を補正します」と言っている。
1本当に低張性の低 Na か
まず血漿浸透圧を計算します。
2 × 126 + 780 ÷ 18 + 42 ÷ 2.8 = 252 + 43 + 15 = 310 mOsm/kg
有効浸透圧(張度)= 2 × 126 + 43 = 295 mOsm/kg
低張ではなく、むしろ高張です。これは高張性低 Na 血症であり、水が足りない状態です。
2補正 Na を計算する
補正 Na = 126 + 1.6 ×(780 − 100)÷ 100 = 126 + 10.9 ≒ 137
→ 水を除いて考えれば Na 濃度は正常。Na が足りないわけではありません。
高血糖により細胞内から水が細胞外へ引き出され、Na が薄まって見えていただけです。
さらに浸透圧利尿で大量の水分が失われている(口渇・多尿がそれを示しています)。
3では何をすべきか
この患者に必要なのは ①水分の補充 ②インスリンで血糖を下げること ③K の監視 です。
初期輸液は細胞外液(生食など)で循環を立て直しますが、目的はNa を上げることではなく、volume を戻すことです。
治療で血糖が下がると水が細胞内へ戻り、Na は自然に上昇してきます。このとき補正が速すぎないかを見る必要があります(第3章)。
また、インスリン投与で K が細胞内へ移動するため、K は必ず下がります(第5章)。DKA の治療関連死はK 異常によるものが多く、開始前の値が正常〜高めでも軽視できません。
高張性低 Na 血症であり、生食は Na を補正するために使うのではない。ただし高度な脱水があり、細胞外液(生食など)による volume の補充は必要。補正 Na 137 で Na 濃度は正常であり、目的は Na を上げることではなく脱水を是正することにある。あわせて血糖是正・K 監視も欠かせない。数字を見たらまず浸透圧を計算するという順序が身を守る。
この章の要点
次のステップ
第2章:低Na血症の鑑別3ステップ・体液量評価・尿浸透圧と尿Na・SIADH 血液ガス判読ノートAG・Δ比の考え方は電解質と表裏一体
免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載の数値・投与量は一般的な目安であり、実際の診療は各施設のプロトコルと患者の病態に従ってください。診断・治療の最終判断は必ず担当医師が行ってください。