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第 2 章 ・ ナトリウムと水

低Na血症の鑑別

浸透圧 → 体液量 → 尿。3ステップで必ず絞り込める。SIADH の診断まで。

低 Na 血症は入院患者で最も多い電解質異常です。原因は多岐にわたりますが、調べる順番さえ守れば迷いません。浸透圧 → 体液量 → 尿、という3ステップを身につけます。冒頭の症例(生食で悪化した SIADH)も、この順で考えれば防げます。
§ 1

3ステップの全体像

1
血漿浸透圧 ― 本当に低張か?
高張(高血糖)・等張(偽性)を除外する。ここを飛ばすと治療を誤る(第1章)。
2
細胞外液量 ― 脱水か・正常か・過剰か
身体所見で3群に分ける。ここが鑑別の骨格で、治療方針も決まる。
3
尿浸透圧・尿Na ― 腎臓は何をしているか
ADH が効いているか、Na を捨てているか。身体所見の答え合わせになる。
採血と同時に尿浸透圧・尿 Na を出しておく。これが最大の実務的コツです。輸液を始めてしまうと尿の所見が変わり、後から鑑別できなくなります。低 Na を見たら、治療前に尿を提出してください。
§ 2

ステップ1:本当に低張か

第1章の復習です。浸透圧を計算し、低張性であることを確認してから先へ進みます。

有効浸透圧 = 2 × Na + 血糖 ÷ 18  低張性低 Na = 血漿浸透圧 < 275 mOsm/kg
除外するもの手がかり
高張性(高血糖・マンニトール)血糖高値。補正 Na で判断する
等張性(偽性低 Na)著明な高 TG・高蛋白(骨髄腫)。血清が乳白色
低張性であることを確認できたら、以降のステップへ進みます。高張性・等張性に対して低 Na の治療をしてはいけません。
§ 3

ステップ2:細胞外液量を評価する

診察で3群に分けます。ここが鑑別の中心で、治療方針もここで決まります

体液量身体所見代表的な原因
減少
hypovolemic
ツルゴール低下・粘膜乾燥・頻脈・起立性低血圧・腋窩乾燥・尿量低下嘔吐・下痢・利尿薬・出血・third space(膵炎・イレウス)・副腎不全・塩類喪失性腎症
正常
euvolemic
浮腫なし・脱水所見なし
最も評価が難しい
SIADH・甲状腺機能低下症・副腎不全(二次性)・心因性多飲・低栄養(beer potomania)・術後(低張液+ADH)
増加
hypervolemic
浮腫・腹水・頸静脈怒張・体重増加・肺うっ血心不全肝硬変・ネフローゼ症候群・腎不全
体液量が増えているのに低 Na ― これは矛盾ではありません。心不全・肝硬変では体内 Na 総量はむしろ過剰(だから浮腫)ですが、有効循環血漿量の低下で ADH が出続け、水がそれ以上に貯留するためです(第1章 §3)。
身体所見だけで euvolemic と判断するのは難しいのが現実です。実際には軽度の hypovolemia を euvolemic と見誤ることがよくあります。だからこそステップ3の尿検査で答え合わせをします。
§ 4

ステップ3:尿を読む

尿浸透圧で ADH が効いているかを見る

尿浸透圧意味考えること
< 100 mOsm/kgADH は抑制されている(腎は正常に水を捨てている)水の入れすぎ:心因性多飲・beer potomania・低張液の過剰投与
> 100 mOsm/kgADH が効いている(水を再吸収している)それ以外のすべて。次に尿 Na を見る

尿 Na で腎臓が Na を捨てているかを見る

尿 Na意味代表例
< 20〜30 mEq/L腎は Na を必死に保持している = 有効循環血漿量が低下嘔吐下痢などの腎外性喪失、心不全・肝硬変
> 30〜40 mEq/L腎から Na が出て行っているSIADH・利尿薬・副腎不全・塩類喪失性腎症・腎不全
利尿薬を内服している患者では、尿 Na は解釈できません。サイアザイドは低 Na 血症の頻度の高い原因であり、尿 Na は高く出ます。まず薬歴を確認してください。

補助的な指標

§ 5

SIADH の診断は除外でなされる

SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)は euvolemic 低 Na の代表ですが、診断基準を満たすことを確認して初めて診断します。

SIADH の診断(主要項目)
  • 低張性低 Na 血症(血漿浸透圧 < 275 mOsm/kg)
  • 尿浸透圧 > 100 mOsm/kg(低張血漿に対して不適切に濃縮されている)
  • 体液量が正常(浮腫なし・脱水所見なし)
  • 尿 Na > 30〜40 mEq/L(通常の塩分摂取下で)
  • 甲状腺機能・副腎機能が正常(← 必ず除外する)
  • 利尿薬を使用していない
副腎不全は SIADH と極めてよく似ます。どちらも euvolemic に見え、尿 Na も高くなります。副腎不全を見逃してステロイドを投与しないと致命的です。低 Na + 高 K + 低血糖 + 好酸球増多 + 色素沈着があれば強く疑い、コルチゾール・ACTH を測定してください。

SIADH の主な原因

カテゴリ代表例
悪性腫瘍小細胞肺癌(最多)・頭頸部癌・膵癌
肺疾患肺炎・肺結核・膿胸・陽圧換気
中枢神経疾患くも膜下出血・脳炎・髄膜炎・頭部外傷・脳腫瘍
薬剤SSRI・カルバマゼピン・バルプロ酸・シクロホスファミド・ビンクリスチン・NSAIDs
その他疼痛・悪心・術後・HIV

SIADH と紛らわしい中枢性塩類喪失症候群(CSWS)

くも膜下出血や脳外科術後で問題になります。SIADH と検査所見が似ますが、体液量が異なります

SIADHCSWS
体液量正常減少(脱水)
治療水制限塩と水の補充
治療が正反対なので鑑別が重要です。CSWS に水制限を行うと脱水が悪化し、くも膜下出血では脳血管攣縮のリスクを高めます。体液量の評価(in/out・体重・中心静脈圧)が決め手になります。
§ 6

症例で確認

冒頭の症例の続きです。72歳女性、小細胞肺癌。Na 116 → 生食 1000 mL 投与後 112
浮腫なし・ツルゴール正常・腋窩湿潤・血圧 128/76。
血漿浸透圧 242 / 尿浸透圧 520 / 尿Na 65 / 尿酸 2.1。甲状腺機能・コルチゾール正常、利尿薬なし。
13ステップで分類する
ステップ1:血漿浸透圧 242 → 低張性で確定。
ステップ2:浮腫なし・ツルゴール正常・腋窩湿潤・血圧保持 → euvolemic
ステップ3:尿浸透圧 520(>100、しかも血漿より高い)→ ADH が強く効いている。尿 Na 65(>40)→ Na は保持されていない。
甲状腺・副腎正常、利尿薬なし、尿酸 2.1 と低値。
SIADH の診断基準を満たします(原因は小細胞肺癌)。
2なぜ生食で悪化したのか
生理食塩水の浸透圧は 約 308 mOsm/kg(Na 154 × 2)。一方この患者の尿浸透圧は 520 で、生食より濃い状態です。
投与した Na と水のうち、腎臓は Na を尿へ捨て、水は ADH の作用で再吸収します。結果として体には水だけが残り、Na 濃度はさらに下がります。
これを desalination(脱塩) と呼びます。
目安:尿浸透圧が輸液の浸透圧より高いとき、その輸液は低 Na を悪化させます。
3正しい方針
SIADH の基本治療は水制限(およそ 1000 mL/日以下、尿量に応じて調整)と原疾患の治療です。
意識障害が低 Na によるものであれば、高張食塩水(3%)による初期補正を検討します(第3章)。
この患者は Na 112 で意識レベル低下があり、症候性低 Na 血症として扱うべき状況です。ただし慢性経過が疑われるため、補正速度の上限を厳守する必要があります。
SIADH による低 Na 血症。生食は尿浸透圧より低張なため desalination を起こし悪化させた。方針は水制限+原疾患治療、症候性であれば3% 食塩水で慎重に初期補正。低 Na を見たら治療前に尿浸透圧・尿 Na を提出することが鍵。
この章の要点
次のステップ
第3章:低Na血症の治療補正速度の上限・ODS 回避・3%食塩水・過補正への対応 第1章:体液と浸透圧の基礎前の章に戻る
免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載の数値・投与量は一般的な目安であり、実際の診療は各施設のプロトコルと患者の病態に従ってください。診断・治療の最終判断は必ず担当医師が行ってください。