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第 3 章 ・ ナトリウムと水

低Na血症の治療

速く上げすぎない/症候性への初期対応/過補正してしまったときの戻し方。

低 Na 血症の治療で覚えるべきことは、実はそう多くありません。症状があるかどうかで初動が決まり、上げすぎないことがすべてに優先する ― この2点です。低 Na そのものより、雑な補正のほうが患者を害することがあるからです。
§ 1

最優先のルールは補正速度の上限

治療方針を考える前に、この数字を頭に入れてください。

≤ 8
mEq/L / 24h
ハイリスク例
の上限
≤ 10
mEq/L / 24h
通常の
上限
≤ 18
mEq/L / 48h
48時間
での上限
これは目標ではなく、超えてはいけない線です。低 Na を早く治す利益より、浸透圧性脱髄症候群(ODS)を起こす害のほうがはるかに大きい。目標はむしろ 4〜6 mEq/L/日の上昇で十分とされます。

ODS(浸透圧性脱髄症候群)とは

慢性低 Na では、脳細胞は浸透圧物質を細胞外へ逃がして低張環境に順応しています。ここで急激に血漿浸透圧を上げると、脳細胞から水が抜けて髄鞘が壊れます

ODS のハイリスク因子(上限 8 mEq/L/24h を厳守)
  • 血清 Na ≤ 105 mEq/L
  • 低 K 血症
  • アルコール依存
  • 低栄養・るいそう
  • 進行した肝疾患(肝移植後を含む)
§ 2

急性か慢性かが初動を分ける

急性(< 48 時間)慢性(≥ 48 時間・不明)
脳の順応まだ順応していない
脳浮腫のリスク
順応済み
急速補正で ODS
怖いこと低 Na そのもの(脳ヘルニア)補正のしかた
方針速やかに補正してよい上限を厳守してゆっくり
典型例術後の低張液大量投与・水中毒・MDMA・マラソン後外来患者・SIADH・利尿薬・大半の入院例
発症時期が不明なら慢性として扱います。これが安全側の判断です。実際、当直で出会う低 Na のほとんどは慢性です。

出典:Spasovski G, et al. Clinical practice guideline on diagnosis and treatment of hyponatraemia. Nephrol Dial Transplant. 2014;29(Suppl 2):i1-i39.

§ 3

症候性なら 3% 食塩水で初期対応

意識障害・痙攣・嘔吐など中枢神経症状がある低 Na は緊急事態です。慢性であっても、最初の数 mEq/L だけは速やかに上げます

症候性低 Na 血症への初期対応
3% 食塩水100〜150 mL を 10〜20 分で
期待される上昇約 2 mEq/L
反復症状改善まで最大 3 回
初期の目標Na を 4〜6 mEq/L 上げる
再検投与ごと・以後 2〜4 時間ごと

考え方:脳浮腫による症状は、Na をわずか 4〜6 mEq/L 上げるだけで改善します。正常値まで戻す必要はまったくありません。症状が取れたらそこで止め、あとは 24 時間の上限内に収まるよう管理します。

3% 食塩水がすぐ用意できない施設もあります。自施設でどこにあるか・どう作るかを平時に確認しておいてください。緊急時に探し始めることになりがちです。

参考:Adrogué–Madias 式

輸液 1 L あたりの ΔNa =(輸液の Na 濃度 − 血清 Na)÷(体液量 + 1)  体液量 = 体重 × 0.6(男性)/ 0.5(女性)  3% 食塩水の Na 濃度 = 513 mEq/L  生理食塩水の Na 濃度 = 154 mEq/L
この式を信じきってはいけません。式は尿からの喪失をまったく考慮していないため、実際の上昇はしばしば予測を上回ります(とくに原因が是正された直後に ADH が切れると、大量の希釈尿が出て Na が急上昇します)。計算より頻回の再検が優先です。
§ 4

無症候性は原因別の治療

体液量治療注意点
減少細胞外液(生食)で補充volume が戻ると ADH が急に切れて Na が急上昇しやすい。補充後こそ頻回に再検
正常
SIADH
水制限(〜1000 mL/日)
原疾患の治療・被疑薬の中止
生食は悪化させうる(desalination・第2章)。効果不十分なら塩分負荷+ループ利尿薬、尿素、トルバプタンなど
増加
心不全・肝硬変
水制限+原疾患治療
ループ利尿薬
Na 負荷は浮腫を悪化させる。低 Na 自体は予後不良のマーカーであり、無理に是正するものではない
低 Na の治療は、Na を入れることではありません。体液量減少なら volume の補充、SIADH なら水の制限、心不全なら原疾患の治療 ― 原因に応じて手段がまったく違うのが低 Na の難しさであり、面白さでもあります。
§ 5

上げすぎてしまったらリレー式に戻す

24 時間の上限を超えそう(または超えた)と分かった時点で、ためらわず下げにいきます。ODS は起きてからでは手遅れです。

予防的にデスモプレシンを併用する戦略(DDAVP clamp)もあります。あらかじめ ADH を固定して水利尿による予期せぬ急上昇を防ぎ、3% 食塩水で計画的に上げていく方法です。ハイリスク例では専門科と相談してください。
危険なのは、原因が自然に治ったときです。脱水が補正された、被疑薬を中止した、副腎不全にステロイドを入れた ― こうした場面では ADH が一気に切れ、体が勝手に大量の希釈尿を出して Na が急上昇します。治療開始後こそ、頻回の Na 測定と尿量の監視が必要です。
§ 6

症例で確認

64歳男性。長年の飲酒歴あり、食事はほとんど摂らず焼酎を飲んでいる。数週間前からふらつき。全身るいそう著明。
Na 104 mEq/L / K 2.9 / 血漿浸透圧 218 / 尿浸透圧 80 / 尿Na 12
意識は清明で、痙攣や嘔吐はない。
1何が起きているか
低張性低 Na(浸透圧 218)。尿浸透圧 80(<100)= ADH は抑制され、腎臓は正常に水を捨てています。
これは水の入れすぎ型で、飲酒と低栄養という背景から beer potomania(ビール多飲症)が考えられます。溶質(塩・蛋白)の摂取が極端に少ないため、水を排泄する能力そのものが頭打ちになっている状態です。
尿 Na 12 と低値なのも、そもそも摂取している Na が少ないことを反映しています。
2この患者のリスクを評価する
ODS のハイリスク因子を数えます。
Na 104(≤105)
低 K 血症(2.9)
アルコール依存
低栄養・るいそう
4項目該当。極めてハイリスクです。補正上限は 24 時間で 8 mEq/L、実際には 4〜6 mEq/L に留めるつもりで管理すべき症例です。
さらにこのタイプは、治療を始めると自然に Na が急上昇しやすいという特徴があります。栄養と塩分が入った瞬間に腎臓が大量の希釈尿を出すためです。
3方針を立てる
無症候性なので3% 食塩水の急速投与は不要です。
水分制限を行う
K を補正する(低 K 自体が ODS リスクであり、Na 補正にも影響する)
Mg・P・ビタミン B1 を確認し補充(アルコール依存+低栄養 → リフィーディング症候群のリスク・第7章)
Na を 2〜4 時間ごとに測定し、尿量を厳密に監視する
・上限を超えそうならためらわず 5% ブドウ糖+デスモプレシンで戻す
beer potomania による低 Na 血症(尿浸透圧 <100 が決め手)。無症候性なので急速補正は不要。ODS ハイリスク4項目該当のため上限 8 mEq/L/24h を厳守し、目標は 4〜6 mEq/L。治療開始後の自然な急上昇を警戒し、頻回の Na 測定と尿量監視を行う。K・Mg・P・ビタミン B1 の補充も忘れない。
この章の要点
次のステップ
第4章:高Na血症自由水欠乏の計算・尿崩症の鑑別・補正速度 第2章:低Na血症の鑑別前の章に戻る
免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。記載の数値・投与量は一般的な目安であり、実際の診療は各施設のプロトコルと患者の病態に従ってください。診断・治療の最終判断は必ず担当医師が行ってください。