当直で血液ガスの結果を前にして固まらないために、まずは「読み方の地図」を持っておきましょう。この章では計算はしません。血液ガスで何がわかるのか、どの数値が主役なのか、紛らわしい用語をどう整理するかを押さえます。次章からの系統的な判読は、すべてここが土台になります。
§ 1
血液ガスで何がわかるか
血液ガスが教えてくれることは、大きく2つの軸に分かれます。
- 酸塩基平衡 ― 体が酸性/アルカリ性のどちらに傾いているか、その原因は呼吸か代謝か。
→ pH・PaCO₂・HCO₃⁻・BE で評価
- 酸素化 ― 肺が酸素をどれだけ血液に取り込めているか。
→ PaO₂・SaO₂ で評価
多くの機種では、これに加えて乳酸(Lac)・電解質・Hb なども同時に表示されます。
この講義シリーズは、主に「酸塩基平衡」の読み方を扱います。酸素化(A-aDO₂・P/F比)は終盤の章で別に取り上げます。
§ 2
動脈血か静脈血か(ABG と VBG)
「血液ガス」と一口に言っても、動脈血(ABG)と静脈血(VBG)があります。使い分けの感覚を持っておきましょう。
- 酸塩基平衡の評価は、VBG(静脈血)でもおおむね代用できます。
- VBG は ABG に比べて、pH が約 0.03〜0.04 低く、PaCO₂ が 数 mmHg 高めに出る傾向があります。
- 酸素化(PaO₂)は VBG では評価できません。酸素化を見たいときは動脈血が必要です。
採取の注意:ヘパリン化シリンジを使い、気泡はすぐに抜き、凝固させず、できるだけ速やかに測定します(遅れる場合は氷冷)。
気泡の混入やヘパリンの入れすぎは、PaO₂・PaCO₂ などの値を実際とずらしてしまいます。「変な値」のときは、まず採取・検体の問題を疑うのも大切です。
§ 3
まず覚える基準値(動脈血)
すべてを暗記する必要はありません。まずは上段の3つ(pH・PaCO₂・HCO₃⁻)を体に入れてください。
正常域(7.35〜7.45)は非常に狭い範囲に保たれている
※ PaO₂ は加齢で低下します。乳酸(Lac)は概ね 2 mmol/L 未満が目安。
§ 4
3つの主役(pH・PaCO₂・HCO₃⁻)
酸塩基平衡の読み方は、この3つの関係を追うことに尽きます。
| 項目 | 表すもの | 動かす臓器 |
| pH | 血液の酸性度の最終結果。低い=酸性、高い=アルカリ性 | ― |
| PaCO₂ | 呼吸性の要素。CO₂は「酸」として働く | 肺 |
| HCO₃⁻ | 代謝性の要素。HCO₃⁻は「塩基(アルカリ)」 | 腎臓 |
覚え方:CO₂ = 酸、HCO₃⁻ = 塩基。PaCO₂ は肺(呼吸)が、HCO₃⁻ は腎臓(代謝)が動かす。この対応関係が次章以降の判読すべての土台になります。
§ 5
アシデミアとアシドーシスの整理
初学者がいちばん混同しやすいのがここです。似ていますが、意味する次元が違います。
| 用語 | 意味 |
アシデミア (acidemia) | 血液そのものが酸性に傾いている状態。pH で決まる(pH<7.35)。対義語はアルカレミア |
アシドーシス (acidosis) | pH を酸性に向かわせようとする病態プロセス。対義語はアルカローシス |
1人の患者に、酸性に向かわせるプロセスとアルカリ性に向かわせるプロセスが同時に起こることがあります(混合性酸塩基異常)。両者が拮抗すると、pH は見かけ上ふつうに見えることもあります。
だから「pH が正常 = 異常なし」とは限りません。pH(血の状態)と、その裏で進んでいるプロセス(アシドーシス/アルカローシス)は、分けて考える。これが判読の核心です。
§ 6
呼吸性か代謝性か
原発性の異常が呼吸性か代謝性かは、pH と主役の動く向きでつかめます。
アルカローシスは矢印が逆。PaCO₂↓→pH↑(呼吸性)、HCO₃⁻↑→pH↑(代謝性)
イメージの背景には Henderson-Hasselbalch があります。pH は HCO₃⁻ / PaCO₂ の比で決まる、と考えると整理しやすい。分子の HCO₃⁻ が増えれば pH↑、分母の PaCO₂ が増えれば pH↓。式の暗記は不要で、この「比」のイメージだけ持っておけば十分です。
次章では、この見分けを 「5ステップ判読法」として、誰がやっても同じ順番でたどれる手順に落とし込みます。
§ 7
ミニ症例で確認
ここまでの土台だけで、どこまで読めるか試してみましょう。各ステップを1つずつ開いて、自分の考えと照らし合わせてください。
70歳男性。慢性的な呼吸困難が増悪し受診。
pH 7.30 / PaCO₂ 60 mmHg / HCO₃⁻ 28 mEq/L
1まず pH を見る
pH = 7.30(基準 7.35〜7.45)→ 7.35 未満なので アシデミア(酸性に傾いている)。
血液ガスを読む第一歩は、いつも「酸か、アルカリか」の判断から。
2主役を探す(PaCO₂ と HCO₃⁻)
・PaCO₂ = 60 mmHg(基準 35〜45)→ ↑ 高値
・HCO₃⁻ = 28 mEq/L(基準 22〜26)→ やや高値
pH↓ と PaCO₂↑ は逆方向 → §6 のルールから 呼吸性アシドーシスが原発性。
HCO₃⁻↑ は、腎臓が酸性を打ち消そうとする代償の動きとして説明できます(くわしくは第3章)。
3ここまでの結論
✅ 呼吸性アシドーシス。
「pH を見る → 主役を探す」だけで、ここまで方向性がつかめます。
代償が適切か(急性か慢性か)、別の異常が隠れていないか(アニオンギャップ)は、第3章以降で順に評価していきます。
この章の要点
- 血液ガス = 酸塩基平衡 + 酸素化。本シリーズは酸塩基平衡が中心。
- 主役は pH・PaCO₂(肺)・HCO₃⁻(腎)。CO₂ = 酸、HCO₃⁻ = 塩基。
- アシデミア(血の状態)と アシドーシス(プロセス)を分ける。pH 正常でも異常はありうる。
- 呼吸性 = pH と PaCO₂ が逆向き、代謝性 = pH と HCO₃⁻ が同じ向き。
- 次章で、この見分けを「5ステップ判読法」の手順にする。
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次のステップ
第2章:5ステップ判読法判読の流れを手順に落とし込む
血液ガス分析ツール数値を入れて自動で評価してみる
判読トレーニングクイズ形式で腕試し
免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。診断・治療の最終判断は必ず担当医師が行ってください。