血液ガスの数値を「なんとなく見る」と見落としが生まれます。この章では、どんな結果が来ても同じ手順で読み切れる判読のフレームワークを示します。数字の深掘り(代償式・AG計算)は次章以降に譲り、ここでは全体の「地図」をつかみます。
§ 1
なぜ「手順」が必要か
血液ガスの難しさは、数値が互いに絡み合っている点にあります。pH だけ見ても不十分で、PaCO₂・HCO₃⁻・AG の変化をセットで評価しないと、隠れた異常を見落とします。
典型的な失敗例:「pH が 7.38 で正常だから問題なし」→ 実は代謝性アシドーシスと呼吸性アルカローシスが打ち消し合っていた、というケースは珍しくありません。
pH が正常でも「何もない」とは言えない。手順通りに全ステップを踏んで初めて、隠れた異常に気づくことができます。
§ 2
5ステップの概要
pH を確認する
アシデミア(<7.35)か、アルカレミア(>7.45)か、正常か
原発性変化を同定する
PaCO₂ と HCO₃⁻ を見て、pH の方向と合う「原因役」を特定する
代償反応を評価する
もう一方の変数が代償式の範囲に収まっているかを確認する。外れていれば混合性を疑う
アニオンギャップを計算する
代謝性アシドーシスがあればAGを算出。Δ比で隠れた代謝異常を探す
総合して解釈する
酸素化(PaO₂・SaO₂)と乳酸も確認して臨床像と照合する
各ステップを省略せずに踏むことで、隠れた混合性異常を見落とさずに済みます。慣れるまでは必ずこの順番で。
§ 3 Step 1
pH を確認する
最初に確認することは1つだけ:血液が今、酸性かアルカリ性か、それとも正常域か。
| pH | 判定 |
| < 7.35 | アシデミア |
| 7.35 〜 7.45 | 正常域(ただし混合性の可能性あり) |
| > 7.45 | アルカレミア |
pH が正常でも「Step 2以降を省略してよい」ということではありません。拮抗する2つのプロセスが pH を見かけ上正常に保っているケースがあります。
§ 4 Step 2
原発性変化を同定する
pH の方向と同じ向きに動いている変数が「原因役」です。第1章のルールを使います。
pH↓(アシデミア)の場合:
PaCO₂↑ → 呼吸性アシドーシスが原発性
HCO₃⁻↓ → 代謝性アシドーシスが原発性
pH↑(アルカレミア)の場合:
PaCO₂↓ → 呼吸性アルカローシスが原発性
HCO₃⁻↑ → 代謝性アルカローシスが原発性
両方が pH と同じ方向に動いている場合は、混合性(原発性が2つある)の可能性を考えます。
「pH と逆 = 呼吸性」「pH と同方向 = 代謝性」のルール(第1章§6)をここで使います。
§ 5 Step 3
代償反応を評価する
生体は原発性変化に対して、もう一方の系(呼吸性↔代謝性)で「打ち消そう」とします。これが代償です。代償は pH を完全には戻せません(正常化はしません)。
代償の量が「代償式」の予測範囲に収まっているかを確認します。
- 予測範囲内:単純性(原発性が1つだけ)
- 代償が少なすぎる:もう1つのアシドーシス / アルカローシスが隠れている
- 代償が多すぎる:もう1つのアルカローシス / アシドーシスが隠れている
代償式の詳細は第3章で扱います。この章では「代償が正常かどうかを確認するステップがある」という位置づけを覚えてください。
§ 6 Step 4
アニオンギャップを計算する
代謝性アシドーシスが原発性と判断した場合に行うステップです。アニオンギャップ(AG)の計算で、原因を2つのカテゴリーに分けます。
AG = Na⁺ − (Cl⁻ + HCO₃⁻) 正常:8〜12 mEq/L
- AG 開大型(高 AG 型):酸が体内に蓄積している(乳酸・ケトン・尿毒素など)
- AG 非開大型(高クロール型):HCO₃⁻が外に失われている(下痢・腎尿細管性アシドーシスなど)
さらに AG 開大型では「Δ比」を計算して、隠れた代謝性異常を探します。AG と Δ比 の詳細は第4章で扱います。
§ 7 Step 5
総合して解釈する
ここまでのステップで酸塩基の異常を整理できたら、最後に全体像を確認します。
- 酸素化:PaO₂(基準 80〜100 mmHg)・SaO₂(≥95%)・A-aDO₂ を確認
- 乳酸(Lac):2 mmol/L を超えていれば組織低酸素や代謝障害を疑う
- 臨床との照合:病歴・バイタルと整合性があるか確認する
5ステップを踏んだあとで「数字が臨床像を説明するか」を確認する。説明がつかなければ採取ミスや別の異常を考えます。
§ 8
症例で5ステップを通す
2例を5ステップで一緒に読みましょう。今は「代償式の計算は後回し」でOKです。
症例 A
58歳男性。COPD既往。SpO₂低下で搬入。
pH 7.28 / PaCO₂ 70 / HCO₃⁻ 32 / PaO₂ 52
1Step1: pH を確認
pH = 7.28 < 7.35 → アシデミア
2Step2: 原発性変化
PaCO₂ = 70↑(正常 35〜45)。pH↓ と PaCO₂↑ は逆方向 → 呼吸性アシドーシスが原発性。HCO₃⁻ = 32↑ は代償として上昇している可能性。
3Step3: 代償
HCO₃⁻ が 32 まで上昇している。慢性型の代償式では ΔHCO₃⁻ ≈ 0.35 × ΔPaCO₂ = 0.35 × 30 ≈ 10.5 → 予測 HCO₃⁻ ≈ 24 + 10.5 = 34.5 ± 3。32 は範囲内 → 慢性呼吸性アシドーシスとして代償は適切。
4Step4: AG
AG = 138 − (100 + 32) = 6(正常、Na/Cl は仮定値)。呼吸性アシドーシスの文脈でAGの開大はない。
5Step5: 総合
✅ 慢性呼吸性アシドーシス(COPDの急性増悪)。PaO₂ 52 mmHg と低下 → 酸素化不全も合併。
症例 B
32歳女性。1型糖尿病。口渇・嘔吐・意識混濁で搬入。
pH 7.18 / PaCO₂ 22 / HCO₃⁻ 8 / Na 138 / Cl 100
1Step1: pH を確認
pH = 7.18 < 7.35 → 強いアシデミア
2Step2: 原発性変化
HCO₃⁻ = 8↓。pH↓ と HCO₃⁻↓ は同方向 → 代謝性アシドーシスが原発性。PaCO₂ = 22↓ は代償として低下中。
3Step3 → 4: 代償・AG
Winters式:予測 PaCO₂ = 1.5 × 8 + 8 = 20 ± 2。実測 22 → 範囲内、代償は適切。
AG = 138 − (100 + 8) = 30(著明上昇)
5Step5: 総合
✅ 高AG代謝性アシドーシス。1型DM・ケトアシドーシス(DKA)の典型像。
この章の要点
- 血液ガスは必ず5ステップの順番で読む。省略すると混合性を見落とす。
- Step 1: pH の確認 → Step 2: 原発性変化の同定 → Step 3: 代償の評価。
- Step 4: AG計算は代謝性アシドーシスのときに必ず行う。
- Step 5: 酸素化・乳酸・臨床像と照合して全体像をまとめる。
- pH 正常でもステップを省略しない。混合性が隠れていることがある。
次のステップ
第3章:代償の評価代償式を覚えて混合性を見抜く
第1章:血液ガスの基礎用語・主役の整理に戻る
免責事項:本コンテンツは医療従事者の学習・参考を目的としたものであり、医療機器ではありません。診断・治療の最終判断は必ず担当医師が行ってください。